2024能登半島地震Ⅰ

 2月9日~3月25日まで、全6クール、27日間、埼玉県を中心とする延べ26名の大学生が、能登町社会福祉協議会の災害ボランティアセンターにて運営支援活動を実施しました。災害VCの環境整備、サテライト開設準備、現地調査のサポート、ボランティアの受付・送り出し・帰着サポート、本部・サテライトでのボランティアバスの受け入れ、家財や崩れたブロック塀などの片付け・運搬などを行いました。 


【実施期間・クール・参加者数】
①2.9ー2.12:学生4名 教員1名 支援者1名
②2.17ー2.21:学生6名 教員1名
③2.22ー2.25:学生5名 支援者1名
④3.1-3.5:学生4名 教員1名 支援者2名
⑤3.16-3.20:学生2名 支援者1名
⑥3.22ー3.25:学生5名 教員1名

 参加者 合計 学生26名 教員4名 支援者5名

 

【参加学生の所属】

  • 立正大学社会福祉学部社会福祉学科 2年生3名 3年生7名 4年生1名
  • 立正大学地球環境科学部環境システム学科 3年生2名
  • 立正大学地球環境科学部地理学科 2年生1名
  • 立正大学文学部日本語文学科 3年生1名
  • 立正大学文学部史学科 3年生1名
  • 埼玉県立大学保健医療福祉学部社会福祉子ども学科 1年生1名 3年生3名
  • 埼玉県立大学保健医療福祉学部看護学科 3年生1名
  • 埼玉県立大学保健医療福祉学部健康開発学科 3年生1名
  • 聖学院大学心理福祉学部心理福祉学科 1年生1名 3年生2名
  • 大東文化大学経営学部経営学科 2年生1名
    ⇒4大学6学部10学科

 【活動内容】

  • 災害VCの環境整備、サテライト開設準備、現地調査のサポート、ボランティアの受付・送り出し・帰着サポート、本部・サテライトでのボランティアバスの受け入れ、家財や崩れたブロック塀などの片付け・運搬などを実施。
  • 充分な引継ぎをしながらの活動には課題があったが、マニュアルを作成する学生、2回・3回と参加してくれる学生もおり、ノウハウも少しづつ蓄積された。
  • 地元の社会福祉協議会職員のほか、全国から応援に来ている他地域の社会福祉協議会職員、被災地域住民の力になるために、多様な支援活動を行う。
  • 訪問してのニーズ調査等から、被災者の人々の話を多く伺う。発災時の恐怖、一人暮らしでなかなか片づけが進まない焦燥感、生活の見通しの立たない不安感、昔の家族との楽しい生活の思い出、能登の四季、体の不調など…堰を切ったようにお話しする方もおり、外からの若者だからこその活動もできたと考えられる。

 【協力・助成】

  • 協力・協働:社会福祉法人能登町社会福祉協議会・一般社団法人日本ソーシャルワーク教育学校連盟・石川県立能登少年自然の家・農家民宿よしえさん家・立正大学ボランティア活動推進センター・聖学院大学ボランティア活動支援センター
  • 助成:この活動は、赤い羽根共同募金の「災害ボランティア・NPO活動サポート募金(ボラサポ)」第1回短期助成事業より助成を受けて実施しました。
    ご寄付をいただいたみなさま、ありがとうございました。

学生の感想

 

 

  今回の活動を通して、被災地の人々が日々生活を送ることの大変さ、ボランティアセンターの機関の機能の重要性について学ぶことができた。 

 私自身、ボランティアの参加は人生で初めての経験で参加する前は、活動に貢献できるだろうか、私にできることはあるのだろうかと不安に思うことが沢山あったが、実際に参加してみて今回参加したメンバー、そして今回私たちの活動をコーディネートして頂いた越谷市社会福祉協議会の日野さん、能登町ボランティアセンターの方々と共に協同し活動に励むことができた。被災地は、津波や地震の影響で家が崩れていたり道路が陥没、亀裂、でこぼこしている道が多々見られ自動車が通るには厳しい状況の道が多く見られたため、被災されてから2ヶ月ほど経過しているにも関わらず、支援が行き届いていなく復興にはまだ多くの時間がかかることが実際に自分の目で現地を見て実感した。 

 しかし、現地には多くのボランティアの方々が炊き出しを行っていて住民さんを支援していたり、私が共に活動させて頂いた、能登町ボランティアセンターでは住民さんかご自宅等の「荷物を搬出してほしい」といった依頼に応じて一般ボランティアの方と共に活動に同行させてもらったり、現地調査に同行させてもらい住民の方は何に困っているのか、何を支援するのかといったことを話を聞いている中で聞き取ることができ、住民さんが抱えている不安やニーズは沢山あることを実感した。 

 これらを通し、私はボランティアの方や専門機関の方々が協同し連携することの大切さを実感した。職員の方々で役割を分担しいかに質の高い支援をするか、そしてSNSや新聞等で情報発信をし被災地の状況やボランティアセンターについて多くの人々に知って頂くことが重要だと実感した。こうした情報発信をすることでより多くの人が震災について関心を持ちボランティアをしたいという人も増えると考えるため支援者の人材確保にも繋がる。今回の活動を通しての多くの学び、経験を今後の大学生活、そして将来に活かしたい。 

 

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 2月17日から21日までの5日間、能登半島地震に関わるボランティア活動に参加させていただきました。 
 前回ボランティア活動をしたのは去年の夏の秋田豪雨災害のときで、活動内容は一般ボランティアと同じように、ボランティアセンターから派遣される形で家具の運び出しなどを行いました。今回の活動でも被害に遭われたお宅に伺い、家具を運んだり災害ごみをまとめたりしましたが、ボランティアセンターの運営に関わることができたのは滅多にできない、貴重な経験だったと思います。秋田での活動では運営側のことはまったく理解していなかったので、災害時には日本全国の社会福祉協議会の職員が集まり協力して運営していることや、各地の水道局や様々な団体が集まっていることを身をもって理解しました。社協にも県、市、村など規模がそれぞれ異なり、それにより業務内容も異なるということを交流させていただく中で知ることができました。各地から交替で被災地に赴き、引継ぎを行って運営にあたる社協の方の働きぶりを見て、社会福祉協議会という名前の通りの広い意味での日本全国の社会福祉に携わっていて、そこに違う県だとか遠い地域だとかの壁はないのだと感じ胸が熱くなりました。 

 大きな地震の被害に遭った地域に行くのは初めてのことだったので、二階の屋根が地面を覆うように倒壊している住宅、崩れた家がせり出し片側一車線になっている道路、津波で流されひっくり返った車、人を飲みこみそうなほど大きく裂けた道路などを実際に見て、言葉にならないほど大きな衝撃を受けました。自分たちが長年住んできた町がそのようになってしまった悲しさは計り知れないのに、それでも地元に住む方々は私たちボランティアに対して何度も感謝の言葉を言ってくださいました。町中ですれ違っただけなのに、私たちが着ていた学生ボランティアのビブスを見た地元の方が「ありがとう、お疲れ様」と声をかけてくださったのが印象的でした。ボランティアに参加してくださった町内の方は皆さん気丈に振舞っていらっしゃいましたが、きっとずっとそうであれるわけではないと思います。受け入れて進むにはどれだけの強さが必要なのか、私にはまだ理解しきれません。 

 エネルギーとパワーのある若者層がもっとボランティアに参加するために必要なことも考えなければならないなと思いました。遠かろうと寒かろうと、行かなくてはと思うにはやはり被災地の現状を実際に見てもらいたいと感じました。 

 災害など何らかの事情で生活に支障がある中で、必死に生きようとする方の衣食住のサポートはもちろん、精神面の回復を手伝うために、今後もさまざまなボランティア活動に参加したいと思いました。 

 

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 私は2月17日土曜日から21日水曜日まで石川県能登町での災害ボランティアに参加しました。5日間どのようなことをしたのか振り返りながら、感想や考えたことを述べていきたいと考えます。 

 1日目の朝に富山県の新高岡駅に到着し、午前中は能登町まで移動の時間でした。移動中に印象深かったのは主に3つで、ひび割れや段差がある道路の振動、全壊・半壊している建物、田んぼの真ん中に舟があったり、橋の柵が流されてきていたり、窪んだところに壊れた車が積み重なったりといった津波の被害です。建物については玄関のドアに貼ってある紙の説明を受け、緑色は調査済み、つまり比較的安全に立ち入ることができる、黄色は要注意、赤色は注意(危険)とのことでした。隣同士の建物であっても一方は緑紙、もう一方は赤紙のようになっていることもあり印象に残っています。能登町災害ボランティアセンターに到着し、午後はブロック塀の片やしゃちほこを軽トラックに積み込む作業をしました。依頼者の方が車が通れる道まで運んできてくださったため、それを積み込みました。壊れて破片になっていましたが重く大変な作業でした。帰りには津波の被害が大きかった地域を見に行き、大切なアルバムや手紙が干されているのを目にしました。また、別府温泉があるのを見かけ全国から支援が来ていることを実感しました。 

 2日目の午前は家に赴き、3つのことをしました。はじめに家の周りや庭に落ちているコンクリート片、瓦、割れた鉢を回収しました。次に家の中の壊れた壁を回収したり、倒れてしまったタンスを起こしたりし、最後に清掃を行いました。作業は意向を伺いながら行ったため、依頼者の方の話を聴くことが多かったのですが家族と過ごした家のことや物一つ一つの思い出を語ってくださり、温かい気持ちになったと同時に復興が進むことを願いました。午後は別の依頼者の家に行き、タンスの運び出しや割れた食器の回収、ゴミ捨ての手伝いをしました。怪我をしないよう細心の注意を払っての作業でしたが、依頼者の方やそのご家族に喜んでいただき参加して良かったと感じました。 

 3、4、5日目は災害ボランティアセンター内で様々な仕事をさせていただきました。1つ目は書類整理です。ボランティアの方に渡すファイルに正しく書類が入っているか、記入漏れがないかチェックする作業でした。現場に向かう際に地図が必要になるのですが、地図が入っていないと地図帳から探してコピーをしなければならず、土地勘や地名がわかっていないと時間がかかる作業でした。2つ目は電話をかけることです。現地調査をする日時を決める電話とボランティアに行く日時を決める電話どちらもかけました。なかなか電話が繋がらなかったり、方言が聞き取れなかったりして苦労しましたが、無事約束を取り付けられたときは達成感がありました。他にも持っていく道具を揃えたり、センター内や荷台を清掃したり、受付業務をしたりと幅広く体験させていただきました。また、現地調査に同行させていただき、丁寧に話を聴き会話の中で情報を引き出すこと、事例を出すことで信頼や安心感を与えることを教えていただきました。 

 今回ボランティアに参加して多くの学びがありました。被災地の状況や助けを必要としている方々の想いや地元愛、悩みは現地に行かないと分からないことであると感じましたし、普段のボランティア活動では体験することができない裏方の仕事の大変さや大切さを知ることもできました。今後にも生かせる貴重な経験をすることができたため、大切にしていきたいのと同時に関わってくださった全ての方への感謝の気持ちと、1日も早く復興が進み被害を受けた方が震災を乗り越えた生活を送れることを願っています。 

 

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 2月9日から12日の4日間、能登町でのボランティア活動に参加させていただき、具体的には、ボランティアセンターでの受付業務のお手伝いや、現地調査に同行させていただいたり、被害に遭ったお宅での家具類の搬出・積込をボランティアの皆さんと行ったりしました。 

 ボランティアセンターのお手伝いをさせていただく中で、ボランティアと住民をつなぐ役割とその仕組みについて知ることができました。ボランティアセンターの運営に携わる能登町と、そこに応援に来た様々な地域の社会福祉協議会の職員の方々は住民の抱えるニーズの把握やそれを支援につなげるために、周辺の地域で活動されているスタッフなどと情報を共有し、連携しながら取り組まれていました。また、日々のミーティングへの参加や職員の方々とのお話を通して、人手不足によって作業が進まない現状があることを知り、これには能登町及び能登半島の地形や人口構成、またボランティアセンターの開設が初めてであることなど様々な要因が関係しているということが考えられました。このような現地の方々の抱える実際の問題について知り、考えることでどこか他人事のように感じられていたことにも問題意識を持つことができるようになったと思います。 

 現地調査は、被害に遭われたお宅にボランティアセンターの職員が出向き、被害の状況や必要となる作業内容とそれに応じた資機材、ボランティアの人数、軽トラックの台数などについて把握するために行われます。これに同行させていただく中で、実際の被害の状況を目にしたり、住民の被災したときの状況や今の生活、思いなどを聞いたりすることができました。ある高齢女性が一人で暮らしている家は、家までの急な坂道は一部崩れてしまい、また家の中の家具なども倒れていて、地震で歪んだことで扉が閉まらなくなっているところもありました。お話を聞く中で「子どもや孫たちの集まる家だから守っていきたい」と仰っていて、被害に遭っても家族の集まる場所であり、これまでのいろいろな思い出の詰まった家であることは変わりないと実感し、そこでの生活がままならない現状や先の見えない今後について住民の抱える不安やストレスは計り知れず、家具類の片付けや災害ゴミの運搬などだけでなく、心理的負担などへの支援の必要性を感じました。 

 今回の能登町でのボランティア活動に参加させていただく中でたくさんの貴重な体験をさせていただきました。私は以前、秋田県での災害ボランティア活動にも参加しましたが、そのときよりもボランティアセンターでの活動を多く経験させていただけたことで、新たな視点での学びを得ることができました。現地で出会い、様々ことを教えてくださったあらゆる方々への感謝の気持ちを持ち続け今後の学びに活かしていきたいと思います。 

 

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 私は今回、ボランティア活動に初めて参加させてもらったのですが、本当に充実した4日間でした。大学でも日々福祉について学びを得ているのですが、それとはまた違った貴重な体験をさせていただきました。社協の皆さんは優しく面白い方が多く、緊張していた心もすぐにほぐれました。今回ボランティアで私たちをサポートしてくれたヤッさんも気さくな方で、とても居心地が良かったです。 

 ヤッさんから「ボランティア活動に参加するという第1歩を踏み出したこと、それはとてもすごいこと」という旨の言葉をいただいて、まずは行動に踏み出した自分を褒めるべきなのかなと思いました。実際ボランティアに行って、短い間ではありましたがかけがえのない体験をいくつも行うことが出来ました。このボランティアをちゃんと自分の糧として、これからも励みたいと思います。 

 

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 サテライトでこのように運営されていくのだと仕組みがわかり興味深かった。現地調査に同行させていただいた時に、実際に被災されてる方とお話しして、初めは余計なこと言わないようにしなきゃと不安で話すことが怖かった部分があった。しかし、その土地や暮らしのことを尊敬しながらお話しすれば、とても暖かい方達ばかりでその土地の文化も学ぶことができ、より良い支援に繋げられるような気がした。 

慣れてきた頃に活動が終了してしまうのがとてももったいなかったり、まだまだやるべきこと考えるべきことはたくさんあることもわかった。私に出来ることは何かをもっと考えてみたいと思った。 

  現地に行かないとわからないことも沢山あり、不安だっだけれど一歩踏み出して参加することができてよかったと思う。まだまだ人手が足りてない部分が多くあるため、出来ることをさらに考えたいと思った。災害支援以外の地域のお祭りなどでも関わることができたらなとも思った。活動時間も短くできることが限られていることも実感した。 

 

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  2月17日から2月21日の計5日間能登町でボランティア活動に参加しました。 能登町のボランティアセンターで活動させていただき、被災された方の家を訪れ、落ちて割れた瓦や食器や崩れてしまった壁の片付けや倒れてしまった棚を起こす作業を行ったり、現地調査に同行させていただいたり、ボランティアの人数や必要な軽トラの台数を考える等様々な貴重な経験をさせていただきました。 

 ボランティアセンターについて以前はうっすらとしか把握していませんでしたが、この5日間の中でボランティアセンターが被災地と被災者においてどのような役割を果たしているのかということを、実際にボランティアセンターで活動している能登町や能登町以外の全国の社協職員さんと共に活動する中で身をもって学ぶことができました。 

 能登町という町には高齢化がかなり進んでいること、それに関連し高齢者の家族の多くが金沢等に離れて暮らしていること、町の面積が広く海も山もあること、金沢まで2時間前後かかることといった様々な特徴があり、それが復興や復旧の妨げの要因となっているものもありました。 

 そんな中で被災者の抱えるニーズは何なのかということを現地調査を通して正確に把握すること、また現状や今町にある社会資源は何なのかということも把握しそれらをボランティア活動という形に適切にマッチングすることがボランティアセンターには求められていました。 

 被災者の方とお話する中で、避難生活が長引いていることや先行きが不透明であることといった、不安の言葉を聞く機会が何度かありました。今後被災者の方がどれだけ被災前の生活を遅れるよう支援するべきか、物的な支援だけではなく精神的な支援も必要であると感じました。 

 今回のボランティア活動を通して同じような立場の他大学の学生と一緒に活動できたことを含めて、とても貴重な経験となりました。今回の活動を今後の生活にも活かしていきたいと思います。 

 

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 2月17日から21日の5日間、能登町でのボランティア活動に参加させていただきました。私は主に、ボランティア受け入れの支援、現地調査の同行、被害にあったお宅での片付け、家具類の搬出を行いました。

実際に災害ボランティアセンターでお手伝いをさせていただく中で、ボランティアセンターの運営には組織体制と資源の確保の二つが非常に重要になってくると感じました。

 まず、ボランティアセンターの組織体制を確立する際には、指揮系統を明確にし、情報を収集整理する役割や活動資源を調達・管理・運営する役割など、効果的な分担が必要です。また、地元の関係機関との連携強化や地域内での情報共有体制も築くことが求められます。

 物理的な資源の確保も同様に重要であり、関係団体と協議しながら拠点となる空間を確保し、大勢のボランティアが動けるような環境整備を行う必要があります。加えて、必要な資材の調達やこれらの資源の管理運営もしっかりと行われるべきです。

 ボランティアセンター運営の際には、ボランティアセンターはどのような組織で構成されていて、どのような業務を行なっているのか、開いていくことが重要だと感じました。被災地から信頼されていなければニーズは上がってこず、ボランティアが来ても活動先を紹介できません。信頼を得られていたとしても、物理的な資源を確保できなければボランティアが活動することができません。組織体制と資源の確保という二つの基盤を同時に整備することがボランティアセンター運営の必須条件であると感じました。

 ボランティア活動を通じて、能登町での経験は非常に貴重なものであり、多くのことを学ばせていただいたと同時に課題であると感じた点も多く見つかりました。ボランティアセンターの運営においては、特に組織体制と資源の確保が重要であると考えました。その中で、社協職員の交代制度と学生ボランティア間での情報共有、地域への馴染みのなさが課題であると感じました。

 まず、社協職員の交代制度が情報共有を難しくしている一因となっているのではないかと感じました。社協職員の方は被災地に到着した初日から即戦力を求められ、宿泊場所に戻ってからも業務を行なっている様子も見られました。また、共に活動するのは場所が異なれ同じ社協の職員という立場であるからこそ、心強さと同時にプレッシャーも感じ、気が休まる場所がないのではないかと感じました。

 ボランティアの学生は一つの仕事に従事するのではなく、活動時々でメンバーが変わり、一つの仕事を何人もの学生で回すという状況でした。実際に業務の中で齟齬が発生し、ニーズ受付表が紛失し、時間が奪われてしまう場面がありました。このようなことが継続的に行われると、作業の効率が低下し、誤解や情報の漏れが生じる可能性があります。学生側も社協職員の方が仕事を与えてくれるのを待つのではなく、自分には何ができるのか考えて積極的に動くことが必要だと思いました。

 次に、地域への馴染みのなさが信頼関係の構築を難しくするのではないかと感じました。被災地でのボランティア活動は、地元の住民との信頼関係を築くことが不可欠です。しかし、応援できた社協職員の方々は土地勘もなく、短期滞在であることから、地元の人々との信頼関係が築かれているわけではありません。交代制であるため、業務に慣れてコミュニケーションを取れるようになったと思ったら次の社協職員と交代しなければならない、ということも考えられます。地元社協職員とのコミュニケーションを大切にし、情報の共有や連携を図ることが、より効果的で持続可能なボランティア活動に繋がると感じました。

 ボランティアをさせていただいた時に、「自分の家は酷い方ではないから、もっと大変な人がいるのだったらその人の方に行ってほしい」という住民の方がいらっしゃいました。ボランティアに明日行きますという電話をすると「ボランティアさんのご飯は準備した方がいいのか」と尋ねる方がたくさんいらっしゃいました。みなさん大変な状況であるのにも関わらず、お互い譲り合い、他者の心配をしています。少しでも力になれればとボランティアに参加しましたが、実際に被災された方々にお会いし活動する中で皆様の甚大なる悲しみ、苦しみを想像するも、あまりの無力さにもどかしい思いです。現地で出会い、さまざまなことを教えてくださったあらゆる方々への感謝の気持ちを持ち続け、私自身も周囲の人に被災地の現状を伝え、今後の学びに活かしていきたいと思います。

 

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 このボランティアではいろんなことを学びました。まずは、ニュースでは学校が始まったことなど明るい話題しか放送されていないけど、実際に来てみると地震が起こってから一ヶ月半の今の現状は衝撃を受けるものばかりでした。まあ、いつまでも暗いニュースだけだとよくないのはわかっていますが、どこかのタイミングで現状を放送するべきかとも思いました。しかし、社協の職員や地元の人、ざまざまな人がこの災害に携わっているってこともとても感動しました。ボランティアは募金などのお金では解決できない問題などを解決する場でもあると思いました。瓦礫の撤去などマンパワーなどが必要な問題など。また、被災者の方にいかに寄り添って悩みや心配ごとを和らげることが大事であることも学びました。しかし、どこか国が支配してる感がありったりしたのが正直な気持ちです。被災者は家が住めなくなったり、いろいろなストレスがあるにも関わらず、いろいろな細かいルールで彼らをさらに難しい環境においてるのかなと思います。撤去の際に、綺麗な家具や食器などを撤去して欲しいのに壊さないと撤去してもらえないことなど。環境省などの人もきたけど、結局は国はやることが未だ決まっておらず、何回も名刺交換しても何も改善しませんね、なんて話もあったので。その中でも、社協職員やNGO、NPOの人たちはうまく連携して回しているのがとても素晴らしいと思いました。官僚よりもすごいと思います。これこそ日本を本当に回している方々なのでは?と思いました。 

 

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 今回能登ボランティアに参加させていただいたのは2回目で、せっかく1回目の経験を活かして力になりたいと思い参加しました。初めての事があまりなく同じ事を繰り返すことになると思っていましたが、実際に参加したら、 1ヶ月以上前よりも改善されていたり、色々な事が充実されてきていたり、社協の職員さんの数が増えていたり、時間の流れでこんなにも変わるという事も実感しました。様々な事に対して理由を知るように心がけたら、そこから先の応用ができ自分から考えて動けるようになったと感じました。元々、目標を掲げて取り組もうと思っていたのですが、それ以上の事をお手伝いする事ができたことは、とても良かったです。しかし出来なかった事もあり、現場の状況を踏まえてもう一度自分で考えてみたいと思いました。 

 

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 私は、2月17日から21日までの5日間、能登半島地震のボランティアに参加させていただきました。主に能登町の災害ボランティアセンターで活動し、被災したお宅に訪問しての部屋の片づけや家具の運び出しのほかに現地調査の同行、センターでの受付など幅広い活動を行いました。実際に被災したお宅で片づけを行っていた時に、住民の方が自宅がこんな風になってしまって悲しいし辛いと今の心境をお話してくださいました。震災後、町では700人ほどの人が避難をしている状況に加え、町の半分は断水しており日常生活に大きな支障が生じています。そして家が倒壊するほど大きな被害を受けた住民の方は、住み慣れた自宅を離れることを余儀なくされていて、その方々の負担は計り知れないものだと感じます。被災者の方の心のケアも行っていく必要があると感じました。また、毎日のように多くの地域住民の方にお手伝いに来ていただいている様子を見て、地域住民の方の力はとても大切だと実感しました。家具の運び出しなどの作業には軽トラックが必要になりますが、ボランティアセンターの軽トラックには限りがあり、1日に行える作業にも限界があります。そんな時に地域住民の方が軽トラックに乗ってお手伝いに来てくださることで一軒でも多くのお宅に伺うことができ、作業を進めることが可能になるため、日常的に地域の方との連携を図ることが必要なのではないかと考えました。そしてニーズ受付の電話は被災した住宅に住んでいる本人だけではなく、近隣住民や町内会長、民生委員の方から情報が寄せられることもあり、地域住民同士の繋がりも非常に重要だと気づきました。地域住民からの情報から困りごとが顕在化することもあるのではないかと感じ、地域住民の交流の場などを積極的につくることも大切だと考えます。

 私は以前からボランティアに関心があり、主に子どもと関わるボランティアに参加してきましたが、ボランティアの運営の業務はほとんど把握していませんでした。今回、センターの本部でボランティアの方の受付やニーズの電話対応などを行うことができ、とても良い経験になりました。災害ボランティアセンターでは各自治体の社会福祉協議会の方が集まり、地域住民の方や遠方からバスで来る団体の方の受付、ニーズ受付、現地調査など多岐にわたる業務を分担して行っています。翌日の天候やボランティアの人数によってもできることが異なるため、毎日その日のことだけではなく翌日以降のことも視野に入れながら作業を行うことはとても重要であると学びました。

初めて災害ボランティアに参加して、社会福祉協議会が災害時にどのような業務を行っているのかを学ぶことができたと同時に被災者の方にどのような支援が必要なのかを考える機会になりました。今後、福祉職への就職を考えているので、相手の気持ちに寄り添いながら専門的な知識を生かして支援を行っていけるよう努力していきたいと思います。

 

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 今回の災害ボランティアでは、とても貴重な経験をさせていただきました。 参加した他の学生よりは事務作業が多かったです。事務作業の内容は、現地調査(通称現調)やボランティア活動をスムーズに行なう為の作業でした。直接的ではなく間接的に支援をしているような感覚でした。しかし、この事務作業が能登町社会福祉協議会の職員や派遣された社会福祉協議会の職員に貢献していると考えると、運営側になる人の重要さを感じました。 

 また、地域住民とのコミュニケーションも大切だと感じました。私は、実際のボランティア活動では交流ができませんでしたが、受付、活動前、昼食などでボランティアに参加した地域住民と交流することができました。そこで、些細なことを会話することにより、会話が弾み、色々なことを打ち明けるようになりました。また、活動前には地域住民同士もコミュニケーションをしっかりとっており、自分たちが足りていない部分と実感しました。 

 今回の災害ボランティアの経験を今後の人生に活かしたいと強く思います。 

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 今回も貴重な経験をさせていただきました。 今回は、第4クールの3/1(金)~3/5(火)に参加させていただきました。前回の第1クール(2/9~2/12)に参加して、やっと皆さんに貢献ができると感じた時にOUTしてしまいました。もし、やれる機会があればもう一度行いたいと参加しました。 

 第4クールでは、現地調査を沢山同行させていただきました。現地調査を同行した際に、感じたことがありました。それは、地域によって住宅の被害内容が大きく変わることです。能登町は、能都・柳田・内浦の3市町村が合併して、能登町になりました。本部からサテライトまで車で30分かかるので、住宅の大きさや住宅の密集度などが変わり、天候も変わりました。第1クールと第4クールで現地調査を能都・内浦の現地調査に同行させていただきました。能都では、地震の揺れにより家具が倒壊する家が多かった印象がありました。一方内浦では、沿岸部なので津波により1階部分が浸水してしまい、家具が使用できない状態になってしまっている家が多い印象がありました。地域の特性により、被害状況が大きく変わることを目の当たりにして、ボランティアの需要は沢山あると感じました。 

 第4クールでは、第1クールで行ったパソコン作業を活かすことができました。キントーンでニーズ受付、現地調査結果、ボランティアの活動報告をスムーズに入力することができました。しかし、紙に記入する人とパソコンに記入する人が違うと伝えたいことがなかなか伝わらない危険性があります。随時分からないことがあれば、能登町の社会福祉協議会の職員さんや全国から派遣された社会福祉協議会の職員さんに聞いて、解決することができました。面と向かって話すことにより、相手が思っていることを感じ取ることができました。 

 能登半島地震災害ボランティアを通して、人同士が直接対話することにより、コミュニケーションの大切さを実感しました。社会福祉協議会の職員さんやボランティアさん話すことにより、当時の状況やボランティアを行う経緯を伺い、勉強になりました。また、ボランティアさんの一人で立正大学出身の人がいらっしゃいました。私がオレンジのビブスの着用していたことにより、ボランティアさんから声をかけてくれました。同じ大学出身の方がボランティア活動を行っている姿を見るととても嬉しいです。ボランティアは、色々なことを繋げる一つのパイプです。そのボランティアで繋がる絆は消えないものと強く思います。また、参加したいと思います。 

 

 

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 今回も貴重な経験をさせていただきました。複数回経験したことにより、徐々にできることが増えつつ、できないことも明らかになる3回目となりました。

 能登町災害ボランティアセンターの運営に携わることにより、運営の大切さを知ることができました。現地調査を行い、一般のボランティアさんが行えるか、技術が必要なボランティアなのかを社協の職員さんが判断することや、ボランティア内容により、人数調整を行うなど沢山業務があります。学生である私は、少ししかお手伝いすることができませんでした。しかし、そのお手伝いが役に立つことができたら、参加して良かったと実感します。

 大学に入学する前からボランティア活動は行っていました。大学に入学してから、ボランティア活動の時間と機会が圧倒的に増えました。しかし、災害ボランティアは経験ことがなく、参加する前はとても不安でした。参加してみると、自分が役にたてたという満足感と自分が少ししかできないという劣等感に挟まれながら活動していました。劣等感があることにより、「また、行きたい。」という気持ちになりました。3回経験した現在でも、また、能登町に行きたいという気持ちが強いです。

 災害はいつどこで起こるか、分かりません。そして、災害によって何を奪われるのか、分かりません。今回のボランティア活動で、少しは自分事として捉えることができたと思いますが、まだまだ自分事として捉えることは難しいです。自分事として捉えるのは、本当に失ってから気づくものかもしれません。その際に後悔という感情がうまれます。自分の過ちで後悔がうまれないように、これからの人生一生懸命に生きようと思います。