2021地域福祉論Ⅱ感想


第3回 地域福祉の萌芽と展開②

  1. "余談で初めに話していた、サイクリングをしながら川を下るキャンプとてもいいなと思いました。私もキャンプが好きでよく友達とキャンプをしているので、次に行くときは自転車も持っていこうと思いました。今日の授業で、社会福祉の歴史について学び、戦争を通してGHQの改革により社会福祉関連法が整備されていった背景が理解できました。"
  2. 明治維新当時の日本は、人口の8割が農業従事者だったことが分かった。そして、貧困者を救済する規則が生まれたが、都市部では救済が追い付いていなかったことを知った。それが慈善事業の発生につながった。
  3. 民間事業は国で定められ制度として作られたものもあれば、民間の中で自主的に必要だと考え作られたものもある事を知った。また、はだしのゲンの漫画では戦後すぐの児童の様子を知り、衝撃を受けた。
  4. 本日の講義もありがとうございました。今日までの日本における地域福祉の発展過程を、学ぶことが出来ました。あまり良くない言い方かもしれなませんが、日本が戦争に負けたことによって福祉は進化を遂げたのではないかと考えました。もちろん、戦争自体起きなければ失う必要のない命を守ることが出来たと思います。しかしながら、戦争が続いたままと考えると、人々の命は粗末な扱いのままだったのではないかと思います。私が知らないだけで、生活に困窮している人たちは大勢います。全ての地域住民1人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともにつくるためにも、地域福祉の発展過程について更に理解を深め、制度について学んでいきたいです。次回の講義もよろしくお願いします。
  5. 白黒の映像で時代を感じた。曽祖父が戦争体験者で話してくれた中で復興に関してのエピソードもあったので、実際に映像を通して知るということが出来て嬉しく思う。
  6. 敗戦した13年後の日本はビルが立ち並び、道路も舗装され車が沢山走っていた。この13年は多くの復興が行われたが、その主な理由として日本国憲法などの国民のあるべき姿、生命が守られているお陰である。現在の福祉サービスに繋がる原型なようなものも確立した時代である
  7. 破壊しつくされた東京で、人々の苦難は極限になって、今の日本では考えられないような映像で、驚いた。このような動画をいつの時代になっても受け継いでいかなければならないと思った。
  8. 日本は戦後から福祉が急速に発展していきすごいと思った。しかし、都市部のケアが優先的に進んでいったため、地域福祉の発展が遅れてしまったという点もあること分かった。
  9. 日本の福祉の歴史を見て、福祉の始まりはやはり必要だから生まれたのだと改めて思った。こうして年代別に出来事と制度の表を見てみると、こういう出来事があったからこの制度ができたんだということをよく理解できた。この先も何かあると新しい制度が出来たり改正されて行ってもっとより良い世の中になると思うから、少しでもそれに携わっていきたいと思った。
  10. 日本の福祉の歩みだったり、社会福祉協議会についての歴史だったりを今回は学ぶことが出来ました。赤い羽根が国規模の募金だとは知らなく、社会福祉協議会から出ているものだと思っていたので勘違いが無くせて良かったです。
  11. 日本の地域福祉の発展過程は、歴史があり積み重ねてきた努力や考えによって今の地域福祉があることがわかりました。現在でも取り残された地域住民等の課題も残っているのでまだまだ地域福祉の発展はあると思いました。
  12. 日本の地域福祉の発展過程というものがよくわかり、2000年代からは自分も生まれているのでとても興味深く学ぶとことができた。
  13. 日本の地域福祉の発展を戦争直後からみて、このような過程からそれぞれの地域の人々が安心して暮らすことができるよう地域福祉が現在の日本に根付いたのだと思うと、改めて今当たり前に安心して過ごすことが出来ることが喜ばれるべきことなのだと感じた。
  14. 日本の地域福祉の発展の過程として、戦後しばらくして、生活保護法や児童福祉法などの現代の地域福祉の基盤となるものができだしたことが分かった。
  15. 日本の地域福祉がどのように発展してきたのかを知ることができました。自分もはだしのゲンを読んだことがあり、すごく考えさせられた経験があります。
  16. 日本の地域福祉がどのように発展してきたのか、時代の流れに沿いながら理解することができた。日本は、戦争の後に社会福祉協議会ができたり、地震の後に特定非営利活動促進法ができたりと、国民に大きな影響を与えた出来事の後に、大きく福祉が変化しているように感じた。今回の講義の中で、民間団体が主体となる社会福祉協議会はGHQによって設立に至ったことなど、GHQや国がとても深く関与していたということが印象的であった。
  17. 日本の社会福祉の発展には戦争大きく関係しており、法律の制定からもその時代の様子が見えてくると思う。法律ができた社会的背景も踏まえ、勉強していくことが大切だと感じた。社会福祉を行っていくためには国だけが支援していくのではなく、地域や個人での支援も必要だと学んだ。国だけでは担いきれない部分もあることを理解し地域ならではの取り組みが社会福祉の発展に繋がると考える。社会福祉協議会などの国と民間の中間にいるような機関の役割が大きくなっているように思う。
  18. 日本における地域福祉の発展について学ぶことができた。また、近年の地域福祉の方向を理解し、「取り残された地域住民」へのケアが課題だと分かった。
  19. "日本における地域福祉の発展がよくわかりました。地域福祉の今の法律の基盤は日本国憲法施行前後に行われていたことを知りました。
  20. "日本における地域福祉の発達過程について学びました。地域福祉準備期では、共同募金・民生委員制度・社会福祉協議会が設立された。地域福祉胎動期では、国による「地域開発」と「コミュニティ政策」が進み、地域の具体的な生活課題への取り組みが行われるようになる。地域福祉定礎期は、福祉の見直しのなかで、在宅福祉サービスの必要性が問われた。地域福祉発展期では、「対等な関係の確立」、「地域での総合的支援」、「多様な主体の参入促進」について検討会が行われた。
  21. 日本における地域福祉の細かい発展の歴史を知ることができて良かった。福祉が発展をするときは日本に何かしらの問題が起きて貧困が活発化した時なのだなと思った。6人家族で3日間をネギ日本でしのぐというのは今の時代に普通に生きている自分には考えられないほど壮絶な世界だったのだろうなと思った。この時代はいいところも悪いところも東京に集中していたのだなと思った。
  22. 日本での、地域の福祉の発展の背景などをこの授業を通して学ぶことができた。今の福祉を学ぶ上で重要なことがたくさんあったため、授業の内容をしっかりおさえてこれからの国家試験や福士分野の学習をより良いものにしていきたいと思った。
  23. 道路でかぼちゃを育てたり、ネギ2本が2日間の食事だったりと、今の日本では考えられないことが実際に起きていたのだなと改めて感じた。
  24. 動画を視聴し、戦後どのようなことがあって、不幸なことが積み重なっていたということを見て学んだ。「敗れた者にとっては運命はどこまでも冷酷である」というのが動画を見てとても深く感じた。でもどんどん学校などの建物ができていったり、子どもたちが成長していったりと日本が立て直していくのを映像を見れたのが良かった。現在では生活保護受給者は200万人ほどであるが、当時は17万人であった。戦後日本がどのように歩んできたのかを知ることができた。
  25. 鳥には暖かいねぐらがあっても、何十万人の人間には露しのぐ隠れ家もなかったという言葉と、その時に流れた倒れ込むように野外で眠る人々の映像に、衝撃とともにえも言われぬ不安や言葉にできない恐怖を覚えました。また、1万円札がでてきた初頭頃にもまだ銭の単位が使われていたことに驚きました。
  26. 地域福祉定礎期は1973年の福祉元年から始まり、高度経済成長の終焉を迎え、福祉サービスの見直しが図られ、このとしにノーマライゼーションの思想や自立生活運動の展開が進んだことが印象的でした。
  27. 地域福祉準備期間の戦後の期間について学ぶことができました。戦後間もなくは福祉の整備がなされておらず、親を亡くした子どもや離れ離れになってしまった戦争孤児や、生活保護も供給されていなかった知りました。取り残された地域住民へのケアが現在の課題であると学びました。
  28. 地域福祉準備期に生活保護法や児童福祉法などが少しずつ整備されと書いてあるが、正直終戦時の写真を見ても法律で決めても全く手が回らないという人も多く出てくると思いました。現在の日本でも食事を十分に取れないような子供がいるので、終戦後の日本は本当に大変だったのだと改めて実感しました。
  29. "地域福祉準備期(1945-1951)において、生活を支える基盤となる法律が少しづつ整備され、社会福祉事業法の成立によりその供給の仕組みが示されたことがわかった。社会福祉事業法によって、共同募金、社会福祉協議会など民生委員とともに、地域福祉推進の準備が必要だということがわかった。"
  30. "地域福祉は、住民が主体的となり、発展してきたことが理解出来た。取り残された地域住民の支援が課題であるが、今現在は改善されているのかどうか調べてみようと思った。"
  31. 地域福祉の発展過程を学び、今私たちが過ごしている平和な日々は改めて当たり前ではないのだと気づきました。社会における人々の構築、新たな専門職の活躍によって住民の多様なニーズに対応し、地域課題の展開を行なっていることがわかりました。
  32. 地域福祉の発展を当時の時代背景と絡め、制度の変遷とともに学ぶことが出来た。福祉制度や考え方など社会に合わせて柔軟に対応し、福祉をより地域や住民と密接な関係を持つことが出来るよう変化していく必要があると感じた。
  33. 地域福祉の発展には、国の政策としての制度的な側面と、住民たちが感じた必要性に基づく住民主体の福祉の発展という2つの面があることが分かった。社会状況の変化で様々な社会問題が出てくるため、時代に合った福祉の見直しが必要だと感じた。
  34. 地域福祉における社協の役割はとても重要な立場であるといえる。重要な役割を担っている社協が「社協基盤強化の指針」によって在宅福祉サービス供給機関として位置づけられたということは地域福祉の発展に大きな影響を及ぼしたのではないかと思った。
  35. 地域福祉がどのように出来ていったか発展過程がまとめてありこれからの地域福祉における課題も記されており完璧ではないが理解することが出来ました。
  36. 地域は土地の発展だけでなく住民もいないと十分に発展しないのだと最後の動画で改めて理解した。制度を整えて人々の心のケアやつながりの整備は町の掃除や地域の発展並みに必要なことだと考える。このことは日本の歴史から時代のあわせるように徐々に制度を改正したり現代の福祉も進化する可能性があるのだと感じた。
  37. 第二次世界大戦後の日本の復興期における福祉制度の整備と発展の流れとともに、現在失われつつある地域住民同士のつながりをどう支援していくかについて学ぶことができました。
  38. 第二次世界大戦が終わってから、社会福祉の枠組みが形成された。現在、満足に福祉が行き届いてるとは言えないが、もっと福祉サービスが充実した国になればいいなと思った。
  39. 全員のニーズにあった支援というのは難しく、取り残された地域住民が出てしまう現状があることが分かった。取り残された地域住民への地域の対応を考えていかないといけないと感じた。
  40. 前回と今回の授業を含めて歴史を学び少し置いていかれてる部分もあるので授業動画を見返していきたいと感じました。前期に学んでいたことの関連でもあるので要点をピックアップしていきたいと思います。
  41. 戦中の話を聞くて本当に戦争はなくてよかったと心の底から思いました。そして日本の経済の成長は本当にすごい改めて思いました。
  42. "戦争終わってからの日本の成長はとても凄かったです。この感じでコロナが終息したら大きく時代が変わって欲しいです。"
  43. 戦争に敗れた当初は食料や病気を治す薬などがなく生きることもきつかったのだと感じた。もちろん生活保護など福祉もないので生きていくのも大変だったのだと思う。生活保護が出来てからはある程度の生活が出来るようになっていたためかなり状況は良くなったのだと感じた。
  44. 戦争によって子どもや大人が傷ついた人がたくさんいて、そこから日本の社会福祉制度が始まり、その流れで1947年に児童福祉法が制定された、というのは児童福祉論でも習ったかもしれないですけど、今一度制定されるまでの背景を知ることができたので良かったです。
  45. "戦争と福祉の発展は結びついているものだと感じました。戦後の復興の影響で発展していると思います。"
  46. 戦争という毎日が悪夢な日々に終わりを告げたが、自分の住んでた故郷は悲惨な姿で当時は学校に行きたくても行けなくなってしまったり大切な人を戦争でなくしてしまった子など様々なことが悪夢の日々が終わっても続いている人達でいっぱいで何より私たちが今平和に暮らしていけるのは、昔の人達のおかげだと思うと一日をしっかり大切に過ごさなければならないなと思いました。
  47. "戦争というのは、忘れてはいけない過去であり、日本にいるから今は安全に暮らしていられるが、海外ではまだ戦争が行われているということも忘れてはいけないことであると思います。花も家もすべて失われ繰り返されてはいけない過去だと思います。"
  48. "戦争で親を亡くした戦争孤児は生きるために靴磨きなどをしている人もいるが、そういった親がいない中自分たちだけで生きようとしていた子供たちが大勢いたという背景がわかった。戦後、戦争孤児や負傷し障害者となった方たちが増えたことにより児童福祉法や福祉六方ができたということも学んだ。国から要請されたコミュニティ福祉と地域住民が感じる必要性の2つの地域福祉の発展があるということを学んだ。また、参考動画を視聴し戦争の残酷さを改めて感じた。戦争により食事が十分に取れない、浮浪者が増える、衛生的に良くない場での生活により伝染病が流行ってしまったりといった時代の背景がわかった。戦後、状況が改善し、男女共同で学ぶ場や食事も十分に取れるようになったことで学力、体の成長もしたということがわかった。"
  49. "戦争が終わりをむかえ社会福祉関連法が整備されていくことを知りました。生活を支える基盤となる法律を整備することから始まり近年の課題となっていることは取り残された地域住民へのケアについてです。すべての地域住民へのケアという方向性を行動していくために見過ごすことのできないことであり、どのように支援を展開することが必要なのか考える必要があると思いました。動画で改めて当時の状況について知ることができました。焼け野原になってしまった場所を見てこの状況で多くの人が困っている中支援を考えることの難しさを感じました。"
  50. "戦争が終わってから日本はすごいスピードで成長したように感じた。この時から今の日本につながるものが出来上がってきているように思える。敗戦からの著しい成長がとても素晴らしく感じた。また、文化や生活のレベルが上がるとともに福祉が発展していくものを見ていると、余裕がないと福祉を発展させることは難しいようにように考えられる。戦争が終わり、日本全体に余裕ができてくることで周りを見ることができ、福祉の発展につながったと考えられる。"
  51. 戦争が終わってから、次第に人々の生活を支える基盤となる法律や制度が作られていき、今現在の日本の法律、制度になっていっているのだと感じました。
  52. 戦争が行われたことによって人々の生活を支援するという法律が整備されたことが地域福祉の基盤となったことが分かった。参考動画を見て食糧不足による飢え、伝染病など負の連鎖というのは続いていたということが動画を見て感じた。
  53. 戦時後の日本の状況と福祉の発展を比べてみて、日本の経済が動き始めてからがようやく福祉について指導し始めたということが見て取れました。また、戦時後の生活というのは表向きは経済成長やら学校などの教育などの発展はしているが戦時後から生活を立て直せない人たちがそうした発展する社会の陰に埋もれてしまっているのだなと感じました。
  54. 戦後日本の地域福祉の発展について、学ぶことができました。他の授業でも学んだことのある内容だったので、繋ぎ合わせ復習しながら聞くことができました。社会福祉に関する法律が整備されていく中で、何か社会に変化があり、問題が生じ、対策を講じる。という流れの中で日本の社会福祉は発展し、何度も何度も変化してきた分野なんだなと感じました。地域福祉を推進するという考えも近年出てきたものであり、完全形態ではないのだと考えます。これからも社会の変化とともに成長し、より良い地域福祉支援のために多くの人に考えられ、つくられていくのだろうなと考えました。
  55. 戦後生き残ったとしても、飢えや伝染病などに苦しんだことが今回の参考動画で身に染みてよくわかりました。それだけではなく台風や凶作などの自然災害にも襲われるというのは本当に地獄だったことが分かります。しかしそのような状況から福祉制度は発達していったというのは、本当にすごいことだと感じました。また、東京へ行く人が多いということは、今と同じように東京が時代の最先端を行っていたということではないかと感じました。
  56. 戦後社会保障の基本原則が、無差別平等の原則・国家責任の原則・公私分離の原則・必要かつ十分の原則の4つあることが分かりました。戦災孤児の写真を見て、戦争の酷さや残酷さを感じました。戦後で日本も大変だったとは思うけど、子どもの保護はした方が良かったのではないかと感じました。日本で地域福祉が発展するまで30年近くかかっていることを知り、驚きました。
  57. 戦後間もない日本の惨状は何度見ても酷く心に来ます。しかし地域福祉準備期を越えて胎動期に入ると徐々に発展していき、定礎期、発展期と続き今に至るが、それでもまだ課題は山積みなのが困ったものです。戦後すぐのように食べる物が何もなくて餓死してしまうなどということはほとんどないとしても、制度のあやで生活保護や手当などを貰えず、生活がギリギリの人や解決が難しい家族間問題など、今の地域福祉でもすべての人のニーズに完璧に応えることは出来ません。その応えきれないニーズを今後どう対応していくかがさらに地域福祉を発展させ、より良いものにするための課題だと私も思います。
  58. 戦後間もない頃に、浮浪児狩りというものが堂々と行われていたことに驚いた。今でこそ、国民一人ひとりに健康的で文化的な最低限の生活を営むことができるだけの権利が保障されているが、それ以前にはまだまだ私たちの知らない劣悪な現実があったのだと感じ、福祉の重要性と偉大さを改めて実感した。
  59. 戦後の日本はオリンピックの開催国になったり、高度経済成長期など、凄まじいスピードで発展を遂げたが、戦後間もない頃は戦争孤児や戦争から帰ってきた人達が路頭に迷ったりと、生きることすら過酷な状況であった。それらを救うために生活保護制度や児童福祉法などの福祉の土台か作られ、今に至るまで枝分かれするように福祉は発展し続けているのだなと感じた。
  60. 戦後の東京の様子は凄まじいものだと動画を視聴して感じた。特に食糧不足問題に関しては深刻であった。三人家族の食料はネギ2本や食べるものがなく、徘徊している人、中には餓死してしまった人もいたことだろう。そんな状況があったからこそ、福祉が成立した。何か、歴史的な出来事があってから新しい法律が成立するものだと思った。1998年に成立した「特定非利益活動推進法」に関しても1995年に起きた「阪神淡路大震災」をきっかけにでき、これも歴史的な出来事により出来た法律である。
  61. "戦後の生活は厳しいものだったのだと感じた。食べ物はなく病気も流行りと戦争に敗れた日本にとっては厳しいものであった。そこから立て直し100年の間で今の日本ができているのは素晴らしいことだと感じた。"
  62. 戦後に生活を支える基盤となる法律である生活保護法、児童福祉法などが少しずつ整備され、供給の仕組みが示されたものの、しっかりと整えられるまでの間に多くの人々が食料困窮に陥っていた。そのため、私は仕方ないとはいえ、もう少し整えられるまでの期間を短くできていれば、食料の困窮に悩まされる人々は少なくなったのではないかと考えた。
  63. 戦後どのように日本の地域福祉が発展していったかを学ぶことが出来ました。各々技術を身につけたり、余裕がない中でも募金を行ったりして発展させていったということがわかりました。
  64. 戦後、破壊しつくされた東京が13年で復興していて驚いた。復興していくなかでも、食糧難や台風、病などが立ちはだかっていたが、映像ではその辛さのなか、笑顔で食事していてる子もいて心が打たれた。衣食住を充実させるだけではなく、福祉や教育、法なども平行して行っていて、ご先祖様が築き上げてきたものを忘れてはいけないと思った。戦後と比較すると、さまざまな技術が発展し、自由に生活できる世の中になっているが、まだまだ不十分なところがあったり人との関わりが減ったりなど課題は残っている。これらの課題にどう対応していくのか、国全体で考えていく必要があるとあると感じた。現在は、より地域のつながりが必要であり、制度の谷間にいる人や取り残されている住民への支援も重要だと思った。
  65. 戦後、東京をはじめとする日本の急成長に驚きました。ただ、成長に至るまでに敗戦国として貧しい生活を送っていた事も学ぶ事ができた。
  66. 昔の全国の失業人口の8割は東京が抱えていることが分かった。福祉事務所は貧しき人の希望の灯火となっていたことも学んだ。
  67. 生活保護法や、児童福祉法などが最初から完成形というわけではなく、少しずつ整備されて今の形になったと言うことがわかった。それに加えて、コミュニティケアという考え方が広まったおかげで、今地域で見守るような形の福祉があるのと、地域福祉という考え方が根付いたのかなと感じた。今の福祉には地域との関わりなどが何よりも大事になってくるので、私もきちんと勉強していきたい。
  68. 生まれてきた時代と場所に感謝をしなければいけないと思いました。そんな中、強く生きてきた方々に敬意を称したいと思います。
  69. 紹介されたはだしのゲンが放った言葉には考えさせられました。戦後まだ幼いのに、両親がいなく自分で何とかして生きていかないといけない状況に置かれた子供たちは当時たくさんいて、自分には耐えられないなと感じました。
  70. 昭和時代って、自分にとってはすごくむかしのことで、あまりイメージできなかったが、「昭和の東京」についての動画を見て、戦後日本で生きていくことの大変さを感じました。また、「はだしのゲン」のマンガでも描かれているように、戦後子ども達が生活していくことの大変さは、とてもよくわかりました。そして、そのような時代であったからこそ、地域福祉は重要であったのだと思いました。また、児童福祉法、身体障害者福祉法が整備されたのだと思いました。
  71. 少しずつ法律が整備されて、問題点が出てきてそれを改善するという流れで現在の福祉のかたちになっているのだと感じました。
  72. 終戦後直後の動画を見て、この時代の人たちはとても苦労してたのだと思いました。戦争が終わっても、食料がなくて倒れて行く人たちを考えるととても辛い気持ちになりました。
  73. "終戦後の様子を実際の映像記録を通して見たのは初めてで、10年と少しでこんなにも成長できるんだなと驚かされました。
  74. また生活保護法といった地域福祉の基礎から、ノーマライゼーションが考えられた自治生活による支援の流れに至るまでに長い歳月がかかったのを学びました。"
  75. 取り残された地域住民へのケアが現在の課題となっているとあり、私はこれから取り残される地域が増えてくると思ったのでこの課題は解決することが難しいのではないかと考えました。
  76. 取り残された地域住民へのケアが課題となる中で私が思ったのは、自分の家の近くもそのような企業が行き届いてない住宅が多くあると感じました。地域包括ケアが行き届いていないと言うのは今後問題になってくると思うので、すぐに改善すべきだと思った。
  77. 社会福祉事業法の成立から、地域福祉の推進が始まり、コミュニティ政策や考え方が始まったことから、福祉が地域で考えられていくのは思っていたより早くから始まっていたのだと感じました。
  78. 社会福祉協議会が時代の変化やニーズの多様化に伴い、様々な事を実践したことが知れて良かった。また、他の講義では社会福祉協議会のことをやることが少ないのでとても勉強になった。
  79. 社会福祉基礎構造と呼ばれる理由について学んだ。また、社会福祉関連法が整備されていく過程も理解できた。社会福祉の基盤をしっかりと復習して頭にいれていきたい。
  80. 実習でも民生委員の活動に参加して体験したように、地域の人に声かけたりなどの民生委員制度の大切さがわかった。貧困や孤独になった人が自ら支援を求めるより周りがそれに気づいてあげることが大事だと思った
  81. 実際に授業の動画を見て、戦中に行われてきたこと、文化が今の現代にも色濃く受け継がれており、継承すべきだと深く感じた
  82. "児童労働について動画を見た際に4〜5歳くらいの年齢から働き始めてることに気付きました。
  83. 少し今回、わかりづらく時間がかかってしまいました"
  84. 児童福祉法が整備されるまでは今私たちが当たり前に行なっている教育や授業などが行われていなかったと考えるとこうして授業を行える大切さを改めて実感した。
  85. "資料にあったはだしのゲンの漫画を見て、自分もはだしのゲンを小学生のときに図書館で見てたので、カタカナの掛け声をしてるシーンを思い出しました。それを見て、当時の日本の背景の過酷さを感じました。"
  86. "私よりもはるかに幼い子供たちが親元も地元を離れ、生活しなければならないことはきっと子供たちにとって、大きな負担になるだろうと感じた。戦後、今の学校教育に似ている映像が流され、日本の学校教育の歴史の長さを感じた。"
  87. 子供と妻を養わなければならない現実と仕事と食料がない現実は男の人にとってはつらかったと思うし、旦那さんをなくした女の人の立場はもっと厳しかっただろうと思った。東京の発展、子供の成長住んで、生活するための苦労が計り知れない。戦後の状態から今の状態になるのは想像できないけれど、その当時の人の努力があるからこそ、今生活がしやすいのかと思うと感謝しかない。
  88. 参考動画の中で、福祉事務所は貧しき人々の希望の灯火となっているとあるようにその時代からも生活保護というシステムがあるように他にも高度経済成長の時様々な社会福祉問題が顕在化したときに適切な対応をとってきたため今の日本があると思うとどの時代でも今ほどではないが、しっかりとしたサポートがあったんだなと感じた。
  89. 参考動画の、東京の復興スピードがすごくて、それに福祉がついていくのはすごく大変だろうなと思った。家がなかったり、親がいなくなった子どもたちがたくさんいる中で、その時代背景にあった福祉を提供していて、今起きている問題に着目して、福祉サービスなどを行っていく必要があるのだと思った。
  90. 参考動画にもあったように、戦後の日本は様々な面で目まぐるしく近代化を進めていく一方で、多くの人が生活に困難を抱えるなど課題も多くなっていった。それらを解決したり、支えていくための基盤を作り上げるためにどのような法律が作られ、どんな理由でどのように改正され今に至っているのかなど、地域福祉における法律や制度などが整理されてきた流れを理解することができた。
  91. "参考動画での戦後の様子から、貧困による様々な障壁を見ることができた。そこで紹介されていた生活保護の受給の話が印象に残った。時代的にいつから始まったというのは知識として知っていたが、実際にその時代に17万人生活保護を受給していたと聞いて、そんなに昔からしっかりシステムが動いていて、利用されていたのかと驚いたからだ。また東京が働きの場として人であふれている様子を見て、現代の東京はこの頃の沢山の人達の働きによって栄えていったのだなと思った。"
  92. "参考動画から多くを学びました。自動車メーターや高速道路など、今となっては当たり前の物も当時は新しいもので当然のことだが身近なものでより歴史を感じました。背丈が伸びる早さにより、机や椅子の大きさが合わず、予算などが追いつかないという嬉しい悲鳴だという言葉から自分たちは本当に恵まれていると思いました。また、東京は平面世界では間に合わず、地に潜り、空に伸びる立体的計画など、心に残る言葉も多く、終戦から近代都市に成長するまでの日本を知れてとても面白かったです。
  93. "今日は地域福祉の歴史について深く学ぶことができた。地域福祉というのは、戦後から今の時代にかけてどんどん進化していっているということを改めて感じた。法律が作られるということは発展していくうえでとても大事なことであると感じた。
  94. 今日は戦後の日本の福祉の発達について学んだ。動画を見て、戦争に負けて、他国の情報や文化が入ったことで戦後の日本は近代化や福祉の充実を行うことが出来たと感じるが、逆に戦争に勝っていたら、また戦争をしていなかったら今の日本の福祉情勢はどうなっていたのか少し気になった。
  95. "今日は、日本の地域福祉の発展について詳しく学ぶことが出来ました。戦後からどのように地域福祉が発展していったかということを学ぶことが出来ました。出てきた中で驚いたことは高校性の時にあった赤い羽根募金がとても昔に作られていたものであるということです。赤い羽根募金のほかにも様々なことを学ぶことが出来ました。"
  96. 今日の授業では日本の社会福祉準備期、胎動期、定礎期、発展期について学んだ。今回の授業では「はだしのゲン」の一場面を用いていたため、それが一番印象に残った。過去の福祉について学び、今までどのような法律・制度・暮らしをしていたかを知っていくほどに今の自分たちがどれだけ恵まれているのか、そして今もなお解決していない問題が多くあることを実感した。「はだしのゲン」に出てくる子供たちのような思いをする人は現代では少なくなっているとは思うが0ではないと思うため、この授業で多くを学びこのような思いをする子供たちがいなくなるよりよい社会を作るため貢献していきたい。
  97. 今日の講義では、日本における地域福祉の発達について学んだ。年々、協議会や連盟などが整備されていき、地域福祉が発展していったが、地域福祉胎動期(1952年から1972年)には、社会福祉問題が顕在化していったということを知ることが出来た。その後、自治省によるコミュニティに関する対策要綱が「地域福祉の成立」に影響を与えていったということも知った。
  98. 今後の日本でも戦争が絶対に起きないとは言い切れないと思うので、戦争によってどのような社会福祉が必要になったのか知っておくことはすごく重要であるなと感じた。
  99. 今現在は日本でも最も栄えている東京だが、戦時中や戦後すぐでは今とは全く違った様子だった。今の東京からは想像もつかないような景色や荒れ具合に衝撃を受けた。戦後日本をいい国にしようと多くの人が働き、動いてくれたおかげで今の日本があると痛感した。東京は空襲を受け、焼け野原となっていたが、今では多くのビルが立ち並んでいて全く違う。地域ということに関連させ自分が今住んでいる場所は戦争中、戦後どのようになっていたのか。今不自由なく暮らしているが戦時中や戦後は多くの人々が苦労して生活していただろう。毎日生活出来ている今に感謝しなければならないと感じた。
  100. 今回も自分のためになる知識があったためよかったです。次回もよろしくお願いします。ありがとうございました。
  101. 今回は日本の社会福祉の発展について、準備期、胎動期、基礎期、発展期に分けて詳しく学ぶことができました。準備期では、福祉六法が制定され、日本の社会福祉の土台ができているなと感じ、胎動期では、準備期にできた土台からみえてきた様々な課題に対し、一つ一つ対応しているなと思いました。また、基礎期・発展期ではこれらの制度をより良いものにするための新しい施策や、時代に沿った考え方が出てきているなと感じました。まだまだ課題が残されているので、これからどのような制度がなされるか気になります。
  102. 今回は日本の社会福祉に関して学びましたが、戦後誰もが生活に苦しんでいたという時代背景から今日に存在している福祉関連の法律が作られていったのだと再確認する事が出来た。また、福祉関連は時代背景と密接しているため、さらなる高齢者の増加や人口減少が深刻になった場合、新たな法律等が作られていくのであろうと思った。
  103. 今回は日本で地域福祉がどのように発展してきたのか、その背景とその過程について触れることが出来た。特に印象に残った部分は、地域福祉胎動期の福祉の動きである。都市への人口流入や、家族形態の変化等の地域社会の協力体制が低下した際に生じる問題に対して、地域住民が活発に行われることを知った。地域性を持ち、共通目標に人間性回復にむけた活動が行われたり、行政と住民の交流等の対策が行われている事に驚いた。
  104. "今回は戦後の日本の地域福祉の発達について学ぶことが出来ました。社会福祉関連法の整備の過程や当時の様子について知ることができ、特に法律については多く今回の授業で出ていたのでしっかり復習しようと思います。"
  105. 今回の授業を通して、赤い羽根募金は昭和23年から続く共同募金であり、GHQの出した公私分離の原則の民間社会事業者のために生まれたものだったのだと初めて知り驚いた。また、戦後の日本の歴史と社会福祉はGHQのSCAPIN775号の基本原則に則って発展したのだと改めて学び、自分が近代の歴史についてよく覚えていないことに気づいた。このことから、社会福祉を学ぶにはまず歴史を知らなければいけないと思った。
  106. 今回の授業を終えてイギリス、アメリカにおける地域福祉の源を学ぶことができました。また、日本において地域福祉がどのような範囲に適応されてどのような政策が行われてきたのかを知ることができました。
  107. 今回の授業を終えて、一番印象に残ったことは共同募金の歴史である。自分にとって小学生から馴染みのある赤い羽根募金が戦後間もない1948年から開始されていることを知らず、とても歴史が長いことであると学んだ。しかし、実際の共同募金の実績では昭和22年から平成7年ごろまで総額の推移が急増していたものそのあとから今年まで減少傾向にある。私のように、戦争や戦後の日本の苦しさを経験していない若い世代に、「東京のあゆみ」の動画のような急激な近代化をもたらす日本の復帰力を促すために、募金の本質を理解することが重要であると感じた。
  108. 今回の授業で日本の歴史について学ぶことができました。戦争が終わってから、社会福祉関連の法が決められていく順番などは他の授業でもやってきたので復習できてよかったです。また、より詳しく学ぶことができました。
  109. 今回の授業では戦後の日本の福祉の発展について知ることができた。現代でも社会情勢の変化に伴い、福祉の需要が変わっている。それに対応するためにどのようなサービスを増やし、提供できる人材をどれだけ確保できるかが問題となってくる。戦後の日本と同じように様々な需要に対応しきれていない現状を改善していくことが大きな課題であると感じた。
  110. 今回の授業では社会福祉関連法が整備されていく過程について詳しく学べたなと感じました。また、これら法が整備されていくことで老人や障害者、母子の生活が保障されることになったことで昔に比べたら良い生活を送れるようになったのだなと感じました。また、参考動画の映像資料は今の東京と比べたら似るも似つかぬ姿に驚きでした。東京大空襲で焼け野原になったことは知っていましたが、伝染病についてや食料不足、浮浪者についてや、復興からの再興で道路舗装やビル建設についてなども自分で気になって調べたりして知る機会がなかったのでこういった講義で見る機会があることはとても貴重だなと感じました。また、私が動画内で興味が湧いたのは教員免許状を取得しようと思っているので昔の学校の様子なども今の学校とは違う給食や授業形態や授業内容は面白いなと感じました。
  111. 今回の授業では、法律や制度などを設立した当時の歴史的背景と共に日本の地域福祉の発展の様子を見ていきました。そのため、さらに知識が頭に入ってきやすく感じました。また、参考動画の想像を絶するような悪条件の環境下から次第に復興していく日本の様子を見て、この大きな復興の背景には福祉サービスが多く存在しており、建設的なものだけでなく目には見えなくとも今回の授業で学んださまざまな地域福祉の制度も戦後の日本を大きく支えてきたんだなと改めて実感しました。
  112. "今回の授業では、日本における福祉の発達について学んだ。戦争後から、近年の地域福祉の発展過程を知ることができ、生活保護法などの生活を支える法律だったり、社会福祉事業法などの法律が成立したことによって、地域福祉が発展していったことがわかった。"
  113. 今回の授業では、日本における地域福祉の発展・歴史を学び、理解することができた。
  114. "今回の授業では、戦後日本の地域福祉の発達について学んだ。働き方の変化から都市部に人口が流出し、それによって共同体が衰退したことが地域福祉の成立にかかわっていたとは知らなかった。こうした社会の変化の中で課題が生まれ、そのニーズに対応することが福祉の発展には重要であると改めて考えさせられた。
  115. "今回の授業では、戦後の日本社会福祉の発端から発展、そしてそこから地域福祉の考え方が生まれ仕組みや組織が整備されていく所までを学んだ。今の日本の地域福祉の考え方などは、アメリカやイギリスなど諸外国の考え方を導入し、それを日本型に変えていった部分が大きいのだということがわかった。
  116. 今回の授業では、戦後からの社会福祉の発展について学ぶことができました。近年の地域福祉の動向から、地域包括ケアシステムの構築の必要性や、地域の繋がりの形成が求められる中で、「取り残された地域住民」へどのような支援を行っていくのか興味を持ちました。
  117. "今回の授業で、国の経済やコミュニティの変化という影響を受け地域福祉は発展していったのだと学んだ。現在のコロナによって福祉の活動ができなくなったり、活動が制限されたりしているが、どのように発展・変化していくのか気になった。自分で調べてみようと思う。
  118. 参考動画を見て、戦後の状態から立て直すために日本はすごいスピードで復興して福祉も発展していったのだと理解した。戦後の凄まじい貧困問題があったから福祉の発展があったのだと感じた。"
  119. 今回の資料や参考資料の方にある動画も見て感じたのは決して福祉がそのまま独り歩きして成長するのではなく、社会の変化とともにまた成長していくというのを実感しました。言葉で聞いたり資料に目を通して見ることの他に昔の当時の映像などを見ることでそれらをより身にしみて感じることができました
  120. 今回の講義を受けて社会福祉の歴史である社会福祉の基礎構造や日本における地域福祉の発展過程について学んだ。まだすべての内容を理解できていないので理解できるようにしたい。
  121. 今回の講義を受け、戦後日本の困窮した中で食料もなければ住む家もない人々がいた現状を動画で再確認できた。少しずつ生活を支える基盤となる法律、生活保護法や児童福祉法などが整備され社会福祉事業法の成立により、供給の仕組みが成り立ち地域福祉準備期が地域発達とコミュニティ政策その後の地域福祉の成立に影響を与えたことを学べた。
  122. 今回の講義では日本の地域福祉が発展していく過程を学べた。その中でも社会福祉協議会の存在が地域福祉の推進における基であり、要であると感じた。"
  123. 今回の講義では日本における地域福祉の発展過程を学ぶことができました。終戦前は政府による地域福祉の活動は正しく機能しておらず、人権を度外視していたことは考えられないことであると思いました。また戦後の地域福祉準備期において、福祉六法が制定されたことにより、福祉の基礎が生まれたことで、社会福祉関連法が整備されていき、その過程で生活課題やコミュニティケアの必要性等が顕著に表れ始めたことによって、社会福祉が適応するために様々な考え方が生まれていったことは社会福祉のあり方として正しいものであると思いました。
  124. 今回の講義では、日本の地域福祉の過程についてであり、日本の地域福祉の過程では、第二次世界大戦というのが大きく関わりを持っていて、現代に繋がっているというのを知ることができた。今後の学習に生かしていきたいと思う。
  125. 今回の講義で、生活を支える基盤となる法律などは戦後5年間の間に徐々に整備されていき、加えてその供給方法の仕組みまで明らかとなり、日本の地域福祉はこの期間に大きく動き出したのだと学んだ。また自分の中で身近に感じる「共同募金」もこの時に定められたと知り、想像よりも歴史がありそして意味が深いものであると感じた。このあとにコミュニティケアの概念や在宅サービスなど様々な福祉施策が生まれて、地域福祉の推進を国全体で推し進めるようになったが、国による公的サービスの供給が起こるとどうしてもその制度などの枠組みから外れてしまう人が出てしまう。だから社会福祉協議会のような国と地域どちらとも関わりのある機関が、そうした取り残された人たちを見つけそして支援することが求められると思った。
  126. 今の生活では考えられないことが参考動画にあり,昔の東京が日本が現在になるまでにかなりの変化や進化をして今に至っているのだと実感した。
  127. 今では想像できないくらい過酷な世界で、災害を何度も敵にしてきたこともあったけど、それでも諦めることなく、教育をできる社会にもなってることが今につながっていると感じた。
  128. 国が発展すると貧富の差が広がり、国から見て見ぬふりをされる人が必ず出てくるということがわかりました。そんな人たちの人権を尊重するため福祉は必要で、地域福祉は困っている人同士お互いに助け合おうという気持ちと、みんなが心地よく生活できないことはおかしいからみんなが平等に暮らせる地域を作ろうという役割を担っていると考えました。
  129. "講義ありがとうございました。戦後の東京の発展の速度は驚異的なものであることを動画でまず感じました。戦争がおわり、国力強化の目的が初めて国民に対してのものへと移行したように思えます。発展とともに浮き彫りになった戦争によって障害を負った元軍人や民間人、職を求めながらも人口増加に対しての住む場所の不足等の課題が多くあることを受け、今もなお完全に解決しているとは思えない箇所もありました。授業動画にあった施設だけではなく、在宅での支援が勧められ始めた頃のお話しがありましたが、今も施設から地域への参加が課題として明確にあること等をイメージしました。過去の経験から新しい解決策を見つけることは大事ですが、過去に立ち返り現状の課題導き出すことも必要なのではないかと感じました。"
  130. 幸福追求権と生存権、福祉三法や福祉六法など知識をもう一度見直す機会になった。福祉制度が出来ていく重要な時代の流れを流れに沿って学んだ。赤線による説明で重要な点について理解しやすかった。
  131. 現代の日本の在り方として、幸福追求論や生存権をもとに、国民一人一人がどんな人であっても権利を持ち生活できる国を追及していることを学んだ。過去の戦争の様子を見ていると子供も大人も行き場のない生活をおくっていた。多くの人を救うために、このような戦争経験で障害を負った人や子供に対する施策等、社会福祉基礎構造を基盤とし行っていた。また、地域福祉の展開として施設だけでなく居宅においても保護を行うコミュニティケアという考え方や地域の中で自立し協力して生活できるようにする等のコミュニティを大切にする考え方が広まっていたことが分かった。
  132. 現代の日本では、地域で助け合うネットワークはかなり整備されてきているが、それでも取り残された市民へのケアをどうするべきかというのは難しい課題である。現在の福祉サービスはどんな種類があるか、どのようにサービスを受けるのか、福祉サービスをもっと大々的に、地域住民の目に入るように紹介するという方法が一番だと考える。
  133. "現在の福祉に関する法は、戦災孤児などの不当に扱われた人々の過去からの学びで少しずつ整備されて行ったのだと確認することが出来た。コミュニティケアの考えや地域包括ケアシステムの考え方はより広がるべきだが、地域のつながりは悪い方向に進めば多様性を受け入れずらい側面を持っている印象があり、「取り残された住民」が排斥されるのではないかという心配も少し感じた。"
  134. "現在の生活を支える基盤となる法律を整備するために地域福祉準備期という期間が存在した。また、地域福祉胎動期や地域福祉定礎期、地域福祉発展期などを経て、現在の地域福祉が確立していった。"
  135. "一つ目の動画で人々は生きること食うことしか考えなかったという場面で現代との違いを感じ、飢えが絶えなかったというところで驚きと同時に残酷な時代であったと考えました"
  136. まとめにあったように高齢化が進み福祉支援を必要とする高齢者が増え、家から出なくなり地域との交流や繋がりが少なくなって来ていることが現状の課題になっているので地域住民のケアについてもっと感える必要があると思う。
  137. まず、戦争について、私は火垂るの墓やはだしのゲン等をみたことがあり、その時とても辛いものだと知りました。そんな中、今回の授業で、戦争が終わってからの地域福祉の成長はとても素晴らしいと思いました。数年前まで戦争していたとは思えない程でした。参考動画をみて白黒だからか少し怖かったが、リアルを知れたのでよかった。今後私たちは戦争をしないよう、戦争が起こってもいいように地域福祉についてもっと学んでいきたいと考えました。
  138. "はだしのゲンや蛍の墓は小学校の時にみたことがあったので知っていましたが、戦争の悲惨さや普通に生きていくことの難しさがわかり、心を痛めた記憶があります。戦争が終わって平和な日々が続いていますが、戦争が起きて、どれだけの人が亡くなり、どれだけの人が苦しい思いをしたのかは、全ての日本人が知っておかなければならないことだと思うので、残酷な描写が多くても、戦争のことを書いたお話は次世代につないでいくべきだと思いました。敗戦して、多くの人が飢えていた時代から、たくさんの福祉制度ができたからこそ私達が平和に過ごせる今があることを今回学んだので、きちんと復習して、国家試験の対策をしたいと思いました。"
  139. はだしのゲンは小学生の頃に読んだことがあったが、見返してみると、あまりにもたくましく驚いた。講義では、日本が戦後大きく力を加えられていたことがわかった。参考動画も講義の内容をふまえて見ることができたので、同じような印象を持った。
  140. "はだしのゲンで、原爆で親を亡くした子供達を捕まえるシーンを見て、子供達が地域で暮らしていけるように地域をどうにかしないといけないと思いました。他の授業でもネットワーク化が課題になっているとよく聞くので、地域福祉を発展することだけとは限らず日本全体としての課題にして取り組むべきだと思いました。"
  141. それぞれ準備期、胎動期、定礎期、発展期についてある程度理解することができた。それぞれの期でどのようなことが重要なのかしっかりと復習したい。
  142. "これまでの受講してきた講義で、ノーマライゼーションとは何か・地域包括ケアシステムとはどのようなものかなど、福祉において重要なキーワードについて理解を深めることをしてきた。そして今回の講義で福祉見直しの流れから在宅福祉サービスの必要性が高まり、ノーマライゼーションの思想が広がったのだと正しい生い立ちで福祉を理解することが出来た。今後も、正しい順序で福祉についての理解を深めていきたい。"
  143. この講義を通じて日本における地域福祉の発達を、昭和の東京での動画を見て学ぶことが出来た。地域福祉準備期(1945-1951)の、生活を支える基盤となる法律(生活保護法、児童福祉法)などが少しづつ整備され、社会福祉事業法の成立によりその供給の仕組みが示された。また、社会福祉事業法によって、共同募金、社会福祉協議会などが定められ、民生委員とともに地域福祉推進の準備が行われたこと等が分かった。私自身、日本の地域福祉がどう発展していったかあまり詳しくなかったので、準備期、胎動期等時系列順にそれぞれの特徴が出た地域福祉推進が行われていたので、その時その時の課題などが見えて面白かった。
  144. "1991年ー2000年の地域福祉発展期で課題となっていった地域福祉の推進、ネットワーク化が今もなお課題となっているのが、年々変わっている価値観や、多様化している文化など、良くなってもまた別のものが必要になる状態であるのだと感じた。次から次へと時代に応じた策が必要であるのだと思った。"
  145. "1972年までデイサービスなどの在宅支援事業が発展していなかった事に驚きました。現在の民間、法人、非営利の在宅サービスの発展に興味を持ち、地域参加と福祉の流れをよく勉強していきたいと思いました。
  146. "日本における地域福祉の発展というのは、太平洋戦争が終戦した1946年以降に発展していったのだが、戦前の日本には福祉の概念が薄いことがあり、戦後においても、旧生活保護法が制定されたものの、この旧生活保護法には、「欠格条項」という規定があり、働く意思のない者には生活保護を受給する資格がないという、今では到底考えられないような規定もあったということも事実である。その後も地域福祉準備期を通して、民生委員制度がつくられたり、社会福祉協議会も設置されるようになっていったが、私がより地域福祉の重要性を感じた出来事というのが、「東日本大震災」であるのではないかと思う。過去に関東大震災や阪神淡路大震災などの自然災害が非常に多い国に住んでいるということもあり、相手の気持ちに寄り添うという考え方がより強くなっていったのは、こうした災害禍における地域での支え愛なのではないかと考える。もちろん、国の支援も多くあったが、地域の支援や支え合いがなければ、震災の復興もこれほど迅速には進んでいかなかったのではないかと思う。過去においても、太平洋戦争という悲惨な出来事がなければ、地域の支えを実感できずに地域福祉の発展はなかったのではないかと思う。戦争や自然災害が起きないことがベストだが、国民の窮地に陥った時の地域の支えが、地域福祉の発展につながっていくのではないかと感じた。
  147. 日本での地域福祉の過程において準備期・胎動機・定礎期・発展期と、ここ60年で目まぐるしい成長を遂げたのに反して、福祉に限らずどの分野においても成長の後は衰退とその勢いが弱くなってしまうことが多いため、地域福祉衰退期などと呼ばれないために、少しでも役立てるよう基礎である日本の福祉法をまずはしっかり身につけていこうと思います。
  148. "地域福祉準備期は、生活を支える基盤となる法律が少しづつ整備され、社会福祉事業法の成立によりその供給の仕組みが示されたということ。胎動期では、都市化の進展や地域社会の共同性の低下や地域の生活課題が噴出する中で、住民主体による活動の萌芽と展開があったということ。定礎期は、在宅福祉サービスの必要性、ノーマライゼーション思想や自立生活運動の影響もあり、地域における自治生活を支援するという考え方が進んだということ。発展期では、「地域福祉の推進」が国の政策として明記され、多様な供給主体の参入に対するネットワーク化が地域の課題となっていったということ。日本には、以上四つの内容の地域福祉の発展過程があるということを理解した。"
  149. 地域福祉の発展の背景に制度の狭間にいる人々への支援の必要性が強くあったということを、知れてよかった。日本の福祉の発展について復習することができた。
  150. 戦後の日本は生活の水準は現代と大きく異なるが、生活保護が国民の支えとなっていて、これは現代と同じだと思った。こういった最後の砦がある事は精神的にも良い事だと思った。はだしのゲンのような世界が本当にあったとは信じられない思いであるが、こういった時代があったことは忘れてはならないと思った。こんな時代から福祉が発展していったと思うと感慨深い。
  151. 戦後の日本は凄まじい速度で経済発展を遂げたと習ってきたので、まるで地獄絵のように貧しかった実態をみて驚いた。国の経済発展には福祉の発展と公衆衛生が必要であると改めて感じた。また、新たな法律が戦後に立て続けに作られたことから、福祉の発展が人びとの生活を支える軸となり、国よりも生活に近い地域の福祉がより良い形に変わっていくことで生活の質が向上していくと感じた。戦後日本の経済発展途上においても、毎年の台風による被害が絶えず、現在ではより大きな威力となっているため、地域での防災やそのための福祉課題も解決していくべきだと考えた。
  152. 昔は戦争の影響で子供たちが強制的に戦争に参加させられたり、働かされるといったことがあったが戦後になってからは家が焼かれたり、学校の天井部が壊されしまったのはとても残酷的な出来事だなと感じました。就職で技術を磨くことも大切だが、仕事のチームをサポート、カバーをしながら対応していき視野を広げなければならないなと思いました。理想としている目標を実現することは簡単なことではないが、壁にぶつかったとあきらめずに国民の力を貸していき地道な努力をしていくことが大切だと思いました。
  153. 授業内で引用されていた漫画を読んで、胸が痛くなりました。子どもですら残酷な経験をして、戦争の恐ろしさを改めて痛感しました。戦争に関連して、占領下であった日本で社会保障の基本原則が示されたことが意外でした。占領下と聞くとあまりいい印象ではなく、どちらかと言えば居た堪れない様な印象を抱いていたので、社会保障という社会のことを考えた原則が示されたことに驚きました。また、個人的には社会福祉協議会について興味があるので、その発生起源や関連する法の中身を学べたことが嬉しかったです。より興味が湧きました。
  154. 私は小学生の頃何回もはだしのゲンを読んでおり戦時中の生活や終戦後の生活状況が漫画で分かりやすく書かれており戦時中の生活や終戦後の生活はとても大変な状況だったのだと改めて思い、戦争が二度とない社会になってほしいと思った。戦後は欲しいものが今とは違いすぐに手に入れることができず制限されており今の時代はとても裕福であり戦後は生活していく上でとても大変だと思った。
  155. 今回は日本における地域福祉の発達について学びました。特に印象に残っているのは、参考動画にもあった戦争後の日本の地域福祉です。戦争後で孤児も多く、社会福祉関連法が整備されていきました。社会福祉が社会においてとても重要な役割を果たしていると思いました。このことから、社会福祉はそれぞれの時代に沿ったものべきであり、そのためには私たちが社会をよく見て理解することが必要だと思いました。
  156. 今回の授業で戦後の地域福祉について学ぶことができました。今回の参考動画や資料内にあったはだしのゲンのような漫画のおかげで当時の生活がとてもイメージしやすかったです。自分でもこのような資料を探して、更に理解を深めていけるようにしたいです。
  157. 今回の授業では、地域福地準備期には戦後から2年後に募金、地域福祉胎児期には人間性の回復を実現やリーダーの育成・コミュニティ施設により形成することを提案、地域福祉定礎期には全国社会福祉協議会によってできた戦略や指針、近年の地域福祉の動向には制度の谷間によって対応できない問題や地域包括ケアシステム等が日本での地域福祉の発展過程であることが分かった。参考動画では、戦後からの日本の発展や変化がよく分かった。戦後直後は、ゴミをあさる子どもや外で寝る人が多く見られたが、少しずつ建設や医療の技術が進んで車や電車、新幹線に乗る人や学校に行って勉強する子どもが増えた。それから人口が増えたり子どもの成長が戦後直後よりも大きく変化したりしていることも分かった。
  158. 今回の講義で、福祉三法と福祉六法について改めて詳しく確認をすることができた。戦争後に福祉三法から始まり、制度が備わっていったことが分かった。また、戦争や大震災が起こった後に新たな制度が加わったり、見直されているという印象を持った。

 

第2回 地域福祉の萌芽と展開①

  1. "貧困に対して少しでも解決するスローガンの中で新しい考えを出したことで、産業問題や社会問題の解決を図るために、人々を軽蔑せずに支援に力を入れたことで貧困を和らげたという行いはとても素晴らしいなと感じました。セツルメントを一つ設置し、さらに変革活動をしたことでノーベル賞を受賞し専門的な基礎を築き上げたという形跡を残すためには多くの専門的な知識や技術を取り入れなくてはならないなと思いました。"
  2. "イギリスアメリカがどのうように地域の社会福祉を展開してきたか学ぶことができました。他の授業でも学んだ内容もあったので繋がり、とてもいい復習にもなりました。イギリスもアメリカも日本も、貧しい国民を救おうと国が動き、ボランティア団体が動き、制度が整えられという流れがあることが重要だと感じました。海外のセツルメント運動については、新井先生の授業でも共有され、他の授業でも学んだ機会がありましたが、日本のセツルメント運動については知らないことが多かったので、自分で調べてみようと思いました。民生委員に関しても1917年岡山県知事が済生顧問制度を創設したことが始まりだと、覚えてない事もありました。今回もとてもいい勉強になりました!"
  3. どの時代、国においても貧しい人を救おうとする取り組みは行われており、国家が機能しなかったら民間が行うといったような形態はなかなかに見れないものなのではないかと感じた。中でもイギリスのセツルメント運動については自ら貧困者と同様の目線に立ち、ニーズを理解し、福祉の向上を試みる運動については現在ではなくなってしまったものであるように感じた。
  4. 講義の内容を振り返り、私は可能であれば社会資源を自身で生産し提供したいと考えており、コミュニティオーガニゼーションのニーズ資源調整説で述べられている社会資源の再調整という、これからも新しいニーズが生まれ、新しい資源が作られるにあたって、今ある資源をまた再調整、改善することによって新しいニーズに応えることができるのではないか、資源を作らなくても済むのではないかなど、自身で作りたいということに固執していた自分に、今ある資源で変えられることの重要性について気づかされるものがありました。
  5. 今回、産業革命期やそれ以降のイギリス・アメリカの地域福祉の展開、戦前の日本の地域福祉のはじまりについて学びました。特に印象的だったのが、参考動画にもあったアダムスのハルハウスについてです。今まで他の授業でもアダムスのことは学び、ある程度は知っていたのですが、今回初めてどんな人でどんな風に育ち、そしてどんな経緯でセツルメント運動を始めるようになったのかを知り、1人の女性が困っている人たちのためにここまで大きな行動を起こすことができることにとても感心しました。
  6. 今回の講義では、イギリス・アメリカ・日本の戦前(戦後)の福祉の歴史について学んだ。それぞれの国で共通していたことは、慈善組織やセツルメントの活動が行われていたことである。面接技術やケースワーク、住民の生活改善を目的としたグループワークや社会調査などとった、ソーシャルワークコミュニティワーク・オワリゼーション・方法論が発掘されたということを理解した。
  7. "今回の講義では、セツルメントに関する福祉活動について触れることが出来た。特にアダムズが行い築いてきた、セツルメントという形での福祉サービスについて印象に残った。なんとなく私は福祉というものの存在が当たり前だと思って過ごしてきた。しかし、アダムスが社会的および文化的サービスは貧しい人々を助けるために、政治的活動によって補完されなければならないと唱えているのを見て、その考えに共感した。現社会では福祉という括りの中で限られた人がそのコミュニティの中で福祉活動を行っていることが多い場面が多く見られと感じる。福祉サービスや障害者の所得保証に関しても、ギリギリの生活をしている方がいるという現情を踏まえ、より社会全体で福祉に向き合う必要があるのではないかと感じた。"
  8. 今回の講義で行った、イギリスにおける地域福祉の源泉と発展過程について学んだ際に出てきた、イギリスのセツルメント運動であったり、コミュニティケアのべヴァレッジ報告などについては、私が一年生の時に受けた、蟻塚先生の「社会福祉言論」で必ず覚えろよといわれたことを思い出しました。当時はまだ社会福祉について何も理解していなかったので、イギリスと日本の社会福祉に何の共通点があるのかわかりませんでしたが、今回の講義や動画を踏まえ、日本にもたらしたイギリスの地域福祉について、日本との関わりの様なものがわかるような気がしました。日本とイギリスというのは、福祉に限らず多くの関係性を持っているので、これからも、より深く学んでいきたいと思います。
  9. 今回の授業でイギリス、アメリカの地域福祉の変遷を学ぶことができた。社会が変化することで福祉もその変化に対応するべく制度を変えていくことから、現在もコロナウイルス等の影響で社会が変化を続ける中で福祉にできることは何なのかまた、できることを増やすにはどうしたら良いのかを考える必要があると感じた。
  10. "今回の授業を終えて、福祉的な活動、地域課題の改善をするためには、組織として同じ目的を掲げて行動することがとても重要であると感じた。いずれ日本に伝わったセツルメント運動の起源であるアダムズのセツルメントでは、ハルハウスで行われていたことを政治的に補完するべきであると気づいていても、アダムズ1人の行動力では地域、国、世界中に広げることは難しかったかもしれないと感じたからである。その点も含めて、セツルメント運動は福祉的な活動に加え、組織としてつながりを持つことの重要性を主張していたのと考えられる。
  11. また、日本はこれからも高齢化が進み、過去にない地域課題が発見されると考えられ、セツルメント運動がイギリス、アメリカから影響されたように、高齢福祉についても拡大し、地域や国として考えさせるような働きかけをしていくべきであると実感した。"
  12. 今日の授業で英米における地域福祉と戦前日本の地域福祉について学んだ。英米と日本の地域福祉の歴史を知り地域福祉の歴史について興味を持った。また日本がどのように地域福祉が発展していったのかより詳しく知りたいと思った。
  13. 支援者が地域に入り、指導をして、地域ぐるみで貧困とそれに伴う問題に関する課題を解決するという形は、今の日本ではあまり目立たないと感じた。こういった方法は、今でも海外に見られるスラム町への支援で目立ちそうだ。
  14. "昔はセツルメントの思想は危険視されているという事は驚きだった。
  15. ジェーン・アダムズの文章の、働く母親に英語で育児を提供することを教え、新しい国の都市生活に適応するのに苦労している貧しい移民をサポートし、支援者たちは、彼らが助けている人々を軽蔑せず、隣人として扱ったというのが、今は普通の考え方だが、当時としては凄い事だと思った。今日の授業で、福祉の土台を知ることができた。"
  16. 戦前から社会福祉に従事し、研究してきた人たちがいるおかげで現在の社会福祉が成り立っていると改めて感じた。特にセツルメント運動は、現代でも必要な活動だと感じた。「貧困は自己責任」という考え方だった旧生活保護法から、現生活保護法の「貧困は社会責任」という考えに基づき、社会にもそのような考え方が広まってはいるものの、未だ貧困者に対する偏見や差別が後を絶たない現状にあると感じている。貧困者にも働く能力があり、その個人の能力を伸ばすことによって貧困から脱する過程を社会が周知すれば、差別や偏見、ホームレスに対する暴力なども減っていくのではないかと考えた。そのためには、セツルメント運動のような、時間を共にし、調査し、改良していく活動が必要であると感じた。
  17. 日本だけでなく、アメリカ、イギリスでも古くから慈善活動が存在し、時代と共に発展してきたことを受けて、福祉の存在が歴史の中でも欠かせない存在であると感じました。国での取り組みだけでなく都道府県単位での取り組みも行われ、より具体的•内容の濃いものになったと思いました。
  18. 劣等処遇の原則は、今までの他の授業でも聞いたことがあったような気がする。労働可能貧民の院外救済が禁止されたことによって労役所で強制労働させられていたことが分かった。隣友運動のように、政府が不十分であるために貧困家庭に友愛訪問を行い相互扶助や自助を重視した活動が組織化されたことは良いことだったと感じた。
  19. 裕福な父親に育てられて貧しい市民をサポートする行動に至ったことに驚いた。偏見だが裕福な家庭に育った人は、見下しているようなイメージがあったので優しい性格が話し方にも出るのだと思った。セツルメント運動で、子供たちが走り回っている写真を見て、当時の子供たちにとってはよい環境だったのかと思った。
  20. 100年以上も前からイギリスでは子ども食堂のようなものをやっているのはとても発展していると感じた。貧困状態をマップにしてリサーチしていた。
  21. 120年も前から子供達に食料を提供していた事は驚きでした。現在でも貧しい子供たちが子ども食堂などを通じて救われる社会ですが、貧困問題は負の連鎖のおこる深刻な問題であると思いました。一人一人が、積極的に問題に対し向き合う事が大切である事を学びました。
  22. 18世紀の機械工業化により、都市部に人口が集中したとありました。21世紀の現代でも同じことが繰り返されているように感じます。今後の授業では、地方自治体ごとの福祉計画の違いなどに注目していきたいと思います。
  23. 1970年代からあるソーシャルワーカーや地方自治体社会の重要さが理解できた。
  24. "アダムズは社会的及び文化的サービスをしているだけではなく、サービスだけでは本当に貧しい人は助けられないと気づき全国規模の改革運動をする行動力が凄いと感じました。
  25. "アメリカ、イギリス、日本は、慈善組織協会とセツルメント運動が共通してあったことを学んだ。どれほど時間が経っても、人の支援や助けたいという気持ちは変わらず存在しているのだと感じた。
  26. イギリス、アメリカ、日本の地域福祉の展開について知ることができました。アメリカではハルハウスという、セツルメント運動の礎となるものがあると知りました。日本に海外からのセツルメント運動が伝わって組織化されたと知り、海外の福祉にも目を向けるのは大切だとおもいました。
  27. イギリス、アメリカ、日本の福祉の発展について学びました。最初は公的な支援があまりなかったため慈善協会などができ、それが伝えられて日本でも組織化されたということが分かりました。セツルメント運動は貧困の人々と共に生活し同じ目線で考えるという点で社会福祉に必要なことだと感じました。
  28. イギリス、アメリカの慈善組織協会やセツルメント運動、コミュニティケアについて学んだ。
  29. イギリスでは、18世紀後半から非営利・ボランタリーがあったのだと思った。政府が行うものより非営利・ボランタリーの活動やセツルメント運動の方が、現在の福祉に通ずるものがあると感じた。日本でも1800年代後半からセツルメント運動はあったが、イギリスやアメリカの方が全体的に福祉が進んでいると思った。現在でも福祉の課題があり、時代によってさまざまな問題が生まれたり引き継がれていたりと改善していくことが難しいと感じた。また、参考動画を視聴して、看護ステーションやセツルメント診療所、高齢者住宅が1つの建物に入っていて予防や何かあったときに駆けつけることができると思った。そして、地域に根づけるので繋がりをもつことができると感じた。
  30. イギリスとアメリカと日本における地域福祉の歴史を理解することができた。どこの国でも都市が発展してきて人口の移動が起きると貧困も発生するのだなと思った。カラスのパン屋さんは題名は知っていたが作者の人の事は知らなかったのでセツルメント運動を行っていたと知って驚いた。
  31. イギリスとアメリカの慈善組織協会、セツルメント運動、コミュニティケアやコミュニティ・オーガニゼーションについてそれぞれ詳しく学ぶことができました。また、日本でも行われたこれらのことについても比較しながら学ぶことができました。
  32. イギリスとアメリカの地域福祉の始まりやどのように発展していったかを少し理解することができました。イギリスの慈善事業が発展したのは、政府が不十分で非営利・ボランタリーセクターが立ち上がったからだと知りました。非営利・ボランタリーセクターでもできることがたくさんあるのだと思いました。セツルメント運動で、知識と人格を備えた人が貧困者とともにスラムに住んだということに驚きました。日本の地域福祉は戦前から少しづつ行われていて、戦後は4期に分かれていたことが分かりました。話の内容はよく覚えていませんが『からすのパンやさん』という本は読んだ記憶があります。
  33. イギリスとアメリカの地域福祉の展開を見て、セツルメント運動の支援者たちが助けた人々を軽蔑せず、隣人として扱った点に、非営利・ボランタリー組織が国のお恵み的思想を参考にせず尊厳ある救済を行ったことが地域福祉が世界的に展開した大きな理由なのだと感じた。
  34. "イギリスにおける地域福祉の源泉とその発展について日本における地域福祉の成立と発展に大きな影響だというこたがわかりました。発展過程の対象範囲と時代区分についてもよく理解した。"
  35. "イギリスにおける地域福祉を見てみると、非営利団体や、一般の人々が立ち上がり、ケースワークの発展など、現在の地域福祉の基礎基本となるものを残しており、原点が慈善事業だからこそ細かい部分への配慮があるのだと思った。日本はイギリスやアメリカに大きく影響を受けていることや、アメリカ人教師のアダムスに岡山博愛会が設立されるなど、世界とは切り離せない関係にあるのだと思った。
  36. "イギリスのセツルメント運動で出てきた「デニソン」や「バーネット」、「トインビー」とコミュニティケアの「シーボーム報告」は国家試験を受ける人は覚えておいた方がよいとおしゃっていたので、忘れずに覚えておきたいと思います。
  37. "イギリスのセツルメント運動は、知識と人格を備えた人が、貧しい人とともにスラムに住み、人格的接触を通じて福祉の向上を図っていることを知りました。また労働が可能な貧しい人に対して支援はしないで、強制的にワークハウスで働かせるという貧困状態の人を救う法律(救貧法)を作ったことを知りました。アメリカのセツルメント運動は、住み込んで、調査して改良して行く社会改良だったり人の地域の改良を実践していることを知りました。イギリスとアメリカに共通して住み込んでいたので、関わり合うことは大事なこのなのかなと感じました。日本のセツルメント運動は、保育所や療養などを実施していることを知りました。また「からすのパンやさん」の絵本を作った、かこさとしさんもセツルメントの活動をしていたことに少し驚きました。日本でのセツルメント運動が始まったきっかけが大正での関東大震災によって焼け出された避難民の救済だということを知りました。"
  38. イギリスの慈善組織協会やアメリカの慈善組織協会の活動内容について知ることができた。
  39. イギリスの地域福祉について学習した。元々は世界に先駆けて産業革命が起こった。その結果低賃金、長時間労働の問題が起きた。産業だけでなく、社会福祉分野におけるイギリスの働きというのは日本に大きな影響を与えることとなったのだと感じた。
  40. "イギリスの地域福祉の発展は隣友運動という、貧困家庭へ友愛訪問を行い相互扶助や自助を重視する活動を組織化することや、社会保険制度を確立したり、セツルメント運動のような人格的接触を通じることによって福祉の向上を図るといった運動がされてきた。それらによってイギリスの慈善事業が発展していった。"
  41. "イギリスの地域福祉は、隣友運動・慈善組織協会などの慈善事業の発展やセツルメント運動、べヴァレッジ報告・地域自治体社会サービス法などのコミュニティケアが源泉や発展過程であり、日本のセツルメント運動はアメリカのセツルメント運動によって広がり、アメリカの人宣教師アダムスによって設立された「岡山博愛会」や片山潜によって設立された「キングスレー館」で保育所や市民夜間学校などを実施されたことを私はこの授業を通して理解することができた。
  42. 私は、米英の方が日本よりも地域福祉の発展が進んでいたため、米英の影響で日本にも広がって設立や運動が行われたと思う。
  43. セツルメントとの歴史は、大正12年の関東大震災で避難民の救済が始まりである。戦後に神奈川県川崎市から広まり、昭和26年足立区大谷田に専従部門(社会人)と学生部門に分けて設立されて昭和29年に経営困難のため閉鎖された。そこでは、診療所や保育所、子ども会、学習塾などが実施された。私は、このような活動をしていたことで、今は多くのところで保育所や学習塾が設立されているのだと感じた。"
  44. イギリスもアメリカも昔から社会福祉に関する運動を続けてきているおかげで、社会福祉の発展に向上しているんだなと思いました。
  45. "イギリスやアメリカにおける地域福祉の源泉とその発展過程について学び、イギリス、アメリカの影響を日本は大きく受けたことがよくわかりました。戦前日本の地域福祉の萌芽については、「中央慈善協会、セツルメント運動、方面委員制度」が重要であることを改めて感じました。セツルメントの歴史について「セツルメント診療所」の動画を見て、専従部門、学生部門から成り立っていて、学生部門には学習塾の機能もあったことを知り、驚きました。"
  46. "イギリスやアメリカにおける地域福祉の発展のなかで埋めれた慈善組織の活動や、セツルメント運動、コミュニティケアなど、様々な活動が日本における地域福祉論の設立とはttrんに大きな影響を与えた歴史があったことが分かった。アダムス自身はキャリアを形成することができなかった大学教育を受けた若い女性でありながら、ハルハウスを設立し住居やアートギャラリー、公共の台所などの機能を提供するなどして、他の人を助けることで自分のキャリアを形成していた。またこの活動の中で、アダムスはこういったサービスは本当に貧しい人の救済のために政治的な活動によって満たされなければいけないと気づき、全国規模の改革運動や環境の改善に取り組むなど、地域福祉の発展に大きく貢献している偉大な人物であることが分かった。"
  47. イギリスやアメリカの地域福祉の歴史や文化が理解できた。
  48. "からすのパンやさんは昔小学生の頃読み聞かせで聞いたことがあり、暖かいお話だったのを覚えています。その著者の方が福祉に携わっていたことに驚きました。セツルメントの参考動画内のみどり保育園の写真で、2枚印象に残ったものがあります、ひとつは放牧された牛と、はしゃぐ園児の写真、もうひとつはオルガンを引く職員と踊る園児の写真。2つとも困窮した状況にあったとは思えない写真でとても印象的でした。"
  49. ジェームズ・アダムズについて何をしていたかをもっと知りたくなった
  50. ジェーン・アダムズの誤訳を読み、福祉は自分ではなく、自分以外の人に抜けようとする考えが重要なのだと感じた。裕福な人に夕日くなものを与えるのではなく、貧しい人にこそ手を差し伸べるということが大切だと思う。
  51. ジェーン・アダムズらが設立したセツルメントハウスで彼らが助けている人々を軽蔑せず隣人として扱う姿や考え方が印象的でした。
  52. "ジェーンアダムズがハルハウスを設立したきっかけや昔の児童労働の様子などを見た。アダムズという名前やハルハウスなどのセツルメントハウスについては他の授業でもある程度耳にしたことはあるが、詳細に学ぶのは初めてだった。アダムズは環境に恵まれていて、こういった慈善的な活動をするには最高の環境だと思った。裕福な父親に1人の立派な人格者に育てられ、同じ志をもった設立メンバーとともに、その志に同調した支援者の支援があり、ようやくソーシャルワークの形態を完成させ、社会全体まで動かそうとした。このどれかひとつでも欠けていたらここまでのことは出来なかったと思う。自分のキャリアをすべて捧げて他人のために行動するというのは相当な覚悟と想い、そして恵まれた環境が必須だと知った。"
  53. "ジェーンアダムスは裕福な家庭だったが、ハルハウスを創設し、貧しい人たちに対しさまざまな行動を起こしてきた人だだいうことを学んだ。動画の写真からでも、アダムズは多くの人に寄り添い、自分ができることをしてきた方なのだと感じた。日本の戦後セツルメント運動の始まりは診療所の開設だということを知った。診療所の隣に法律相談所があるというのは不思議な感じだが、今も残ってることに驚いた。"
  54. じゅっきゅう規則のような救済制度が誕生するまでにイギリスやアメリカでの慈善組織協会やセツルメント運動といった個人の活動が背景にあったのだと分かった。国規模で行う制度に至るまでにいろんな人の福祉的活動の積み重ねがすごく重要だと思った
  55. "セツルメントというものを初めて知りました。1917年の頃から民生委員のような制度があったことから長い歴史があるなと印象に残りました。"
  56. セツルメントの考えはとてもいいものだと思った。なぜなら貧しい人々を下に見ることなく対等な隣人のような関係性でサポートしていたからだ。そのようにすることでサポートされる側も負い目を感じる事が少ないと思った。
  57. セツルメント運動が、今の福祉を作ってくれたものの原点であることをと知ることが出来ました。関東大震災による最初のセツルメント運動がなぜ国家権力で無くなってしまったのかが良く理解できなかったので、教えて頂きたいです。
  58. セツルメント運動というものについて学んだ。セツルメントと一言で言っても、たくさんの意味を内包しているということを知った。日本でそれが行われたことはあまり知らなかったので少し自分でも調べてみようかなと思った。
  59. セツルメント運動などイギリスやアメリカの海外で行ったことが伝えられ日本でも組織化されていることを知りました。日本でのセツルメント運動は就労児童の夜間学校や保育所、施療所などの実施、社会問題の講演など多くの方面での活動が行われていることを思いました。絵本や紙芝居などで児童にも伝わるように工夫していると感じました。
  60. セツルメント運動において、知識と人格を備えるのは大切であるが、人格的接触を通じて福祉の向上も大切である事が分かった。方面委員制度や済世顧問制度など、昔から制定されている事があった事実を知れた。
  61. セツルメント運動は、実際にスラムに住み貧困者との接触を通じて福祉の向上を図るので、今まで見えなかった部分が見えてきたり、貧困者の声がダイレクトに届くなど良い点が多くあると感じた。
  62. セツルメント運動開始により、貧困な労働者の生活改善になったことで住民との人格的接触を図りながら地域の社会をよりよくしていることが分かった。
  63. セツルメント診療所についての映像資料を観て、セツルメント診療所が時代とともに果たしてきた役割を、戦前と戦後それぞれにおいて知ることができ勉強になりました。戦前の関東大震災による避難民の救済から、戦後の法律相談など、幅広く支援活動が行われているということを知ることができました。
  64. ソーシャルワークと言う分野はイギリスやアメリカなどの海外から伝わったもので、日本のソーシャルワークは海外の影響を強く受けているのだと感じた。アメリカは移民の多い国と言うことで多様な人による多様な問題が生じているのだと分かった。多様であるから故にソーシャルワークの発展があったのだと考える。ソーシャルワークは経済が発展することで生じる貧富の格差の社会問題から発展していると感じる。セツルメント運動は隣人として関わることにより他人ごとにせず、同じ立場で一緒に考えること大切にしていると考える。誰かが豊かになる一方で誰かが困窮するのではなく、皆が困窮せず幸せに暮らせる社会をソーシャルワークでは目指しているのだと思う。
  65. "たいていの人は自らスラムや貧困地区に暮らそうとは思わないでしょうし、私はまったく考えていませんでした。ですがセツルメントを実践する方々は偽りのない人格者であると尊敬の念に堪えられません。また地域福祉の根源と言われるセツルメント運動といった様々な活発てきな運動の大半は、イギリスやアメリカといった、他の国々と比べて、余裕が生まれる先進諸国から生まれるのだなと思いました。
  66. "バーネットやトインビーによって発展したイギリスのセツルメント運動により、アダムスがアメリカ・日本に現在の基盤となる社会福祉を広めたことを理解しました。いつの時代も、政府は産業革命など国としての利益を進めるだけで、多くの人が貧困などで苦しんでいるのになにも政策をうたず見て見ぬふりをしているだけだと感じました。よって私たちが声を上げることがいかに大事かがわかりました。選挙なども積極的に行かなければなと思いました。"
  67. ハルハウスという老朽化した家を、ギャラリーや喫茶店などの形に変えて、様々な機能を貧しい民に提供していたが、それだけでは無く、根本的に教育や労働環境を整えることが、貧困層を救う1歩になるんだなと思った。
  68. ほかの国の福祉などもしっかりとした制度であることがわかりました。日本も少し影響を受けているのだと感じました。
  69. まず、アダムズの行動力に感動しました。一般の人と変わらず特別な力を持っていた訳でもないのにもかかわらず、貧しい人々のために自ら考えて行動に移すことがすごいことだと思います。人を助けるってことは自分にとってもリスクになることがあるし中途半端なことでは助けることが出来ないけど、簡単ではないことを強い意志で作り出したことが素晴らしいと思いました。
  70. 英米の地域福祉の起源、どのように発展していったのか、また日本での戦前の地域福祉の取り組みについて学んだ。今回の授業では、慈善組織教会、セツルメント運動など他の授業で、学んだワードが出てきたため、復習をしながら学びを深めることができた。
  71. 岡山県知事の笠井信一が出た。ほかのことにも興味をもってしっかり学んでいく。済世顧問制度は何かで聞いたことがありました。
  72. 海外で発展してきた福祉という考え方や政策は日本にとってとても大きい影響を与え、そのおかげで、福祉を学ぶ私たちにとっても福祉の基盤なのだなということを改めて学ぶことができました。
  73. "各国、ケースワークとコミュニティオーガニゼーションの礎は慈善団体が立ち上がり進めていったことがわかりました。政府が不十分なためにボランタリーセクターや非営利団体が活動を始めることは現代まで通ずることですが、それがただ悪いわけではなく、政府がカバーしきれないミクロな問題への視点を持つための重要な主体として機能しているのだと考えました。"
  74. 救貧法や劣等処遇の原則、セツルメント運動、隣友運動、慈善組織教会、トインビーホール、べヴァリック報告、ハル・ハウス、キングスレー館など用語は、他の授業で習った記憶があり、なんとなく覚えていたのですが、今回の授業で振り返りができたのでよかったです。日本では関東大震災などの災害時にセツルメント運動が行われていましたが、昭和11年に危険思想として、国家権力により一度消滅していたことを知り、驚きました。
  75. 個人での支援活動をし、様々なサービスを生み出し提供してきたが、その活動をもっと大きなものにするには制度自体を改革していく必要があり、当時の社会状況などのひっ迫さを見て考えることができました。
  76. "古い時代の裕福な人は貧乏な人を軽蔑しているイメージがあったため、貧困に寄り添い貧富の差を解消するため努めるアダムズの姿に心打たれました。また、児童労働をしている子供たちの動画を見て、本来は学習に励むべきである時期にもかかわらず、生きるために働かなくてはいけない状況に心が痛みました。私が当たり前に過ごしてきた児童期が、世界では当たり前でないこと、今ある環境に対して感謝の気持ちを忘れないようにしようと思います。"
  77. "講義ありがとうございました。いつかの授業で福祉の始まりはイギリスやアメリカであると先生がおっしゃっていたことを思い出しました。有識者がスラムや貧困地域に住み込み、教育や支援を施すことをセツルメントということは知っていましたが、日本におけるセツルメント運動については触れたことがなかったので授業動画2の参考動画が印象に残っています。戦争や災害の影響を受けつつ、少しずづ発展していく過程が見えました。"
  78. 今回の講義では、海外における地域福祉の展開からの日本での地域福祉の展開についてであったが、さまざまな社会の動きや変化の中において地域福祉の展開も変わっていったと知ることができよかった。今後の学習にも生かしていきたい。
  79. 今回の講義ではセツルメントということについて知ることができました。この講義を受講するまではセツルメントという言葉を耳にする機会がなかったため知りませんでした。しかし、今回の参考動画などを視聴してセツルメントとは1884年にロンドン貧民街にある教会を拠点に生活の場から救済活動を行ったものが起源とされていることやアーノルドトインビーが創始者であったりといった様々な知識を得られました。日本でのセツルメント運動が起きたのが大正12年の関東大震災の際が始まりということで日本のセツルメント運動も長い歴史があることに驚きました。戦争の時にセツルメント運動が消滅してしまったことは如何に戦争が愚かなものかということが見て取れました。セツルメント診療所についても理解を深めることができました。また、カラスのパン屋さんは小学生の時に読んでおり、かこさとし先生がセツラーだったことには驚きでした。ジェーンアダムズの社会的および文化的サービスは、本当に貧しい人々を助けるために政治的活動によって補完されなければならないことに気づき、全国規模の進歩的な改革運動、そして教育・職場環境の改善するために取り組める姿勢に感銘を受けました。今までのサービスの在り方を根本的に覆すことは考えるだけならだれにでもできますが、それを実際に変えるために行動を起こせるのは素晴らしいなと感じました。
  80. 今回の講義で日本のセツルメント診療所について理解できた。戦前から始まったこの活動の経緯、時代の変化によって求められてくるものが変わる中で進化を遂げていき、地域に寄り添ったものを作り上げているのだなと感じた。世の中では様々な見方がある中で困難にも屈せず必死な姿がつたっ割ってきた。
  81. "今回の講義は福祉の歴史に関するものだったため、覚えるべき単語が数多く出てきました。イギリスのコミュニティケア法などは現代の日本の福祉提供の仕組みの源流になっている事を知りました。アメリカで提唱されたインターグループワークはコミュニティオーガニゼーションを図る上で組織間での連携を効率よく出来る方法だと思いました。日本のセツルメント運動として1891年に岡山博愛会が設立されましたが、日本人ではなくアメリカ人の宣教師アダムスが設立した事が意外でした。また、民生委員は方面委員が変化して出来た事は重要なので忘れないようにします。"
  82. 今回の講義を通して日本に限らず英米など世界規模で見ても、産業革命期を起源に社会福祉に関する動きがより本格化したのだと学んだ。そしてそれぞれが事前組織協会などを立ち上げてケースワークやグループワークにつながる活動を行なっており、社会福祉の活動が組織化されていったが、現代の「子ども食堂」などに繋がる子供の貧困問題などは未だに解消されていない事を考えると、まだまだ課題はたくさんあるのだと感じた。また以前は産業革命での大きな発展によって福祉のあり方が見直された。現在では新型コロナウイルスが蔓延し世界規模の社会問題が生じている。これを機会に貧困問題などがさらに大きくなったり新たな課題も生じたりして、福祉の存在意義や役割がさらに大きく変わってくるのかもしれないと思った。
  83. "今回の授業で、アダムスの考え方について自分も考えることができました。これからもっと深く学んでいきたい。"
  84. "今回の授業でイギリス、アメリカ、日本の地域福祉の歴史を学んだ。他の科目やテスト勉強で学んだ単語が多く、復習にもなり理解が深まった。授業で取り合えげられた時代では、貧困は差別され上から与えなければならないという考えだったのが現代に近いジェーン・アダムズの貧困に寄り添うという考えになっていったのが資料を読み、印象に残った。今の当たり前の風潮は誰かが声をあげてつくり上げたのだととても感じた。しかし現代でも生活保護に対する非難の声などは少なからずあるため、そういった声がなくなるためにはどうすれば良いか考えていきたい。"
  85. "今回の授業でセツルメントとは何かということを知りました。セツルメントとら生活の場から貧困の救済を行われた社会運動のことだという知識が身につきました。昔から現在にかけてセツルメントは行われており、セツルメントは時代と共に変化しているが医療に関する考えは変わっておらず良い方向へと変化していることに気づきました。"
  86. 今回の授業では、アメリカ・イギリス・戦前日本の地域福祉の展開について学習した。どれも、現在の福祉にとって基盤になる考え方であった。特にイギリスは多くの授業でその福祉の発展を学ぶように、現在の福祉の考え方、方法論の基盤になっていると再確認させられた。
  87. 今回の授業では、アメリカとイギリスの地域福祉について学んだ。この地域福祉論の授業では国内の地域福祉に関する制度やしくみ、種類について学ぶものだと思っていたが世界の地域福祉についても学ぶことが出来てとても良かった。
  88. 今回の授業では、各国に地域福祉が発展する過程が理解できました。今までの授業で学んだ言葉も多く出てきたので、ポイントを抑えながら理解ができたと思います。
  89. 今回の授業では、子ども家庭支援分野における社会福祉計画について、これまで策定されてきた計画の概要などを学んだ。これだけ多くの計画や対策を地域レベルで講じたにも関わらず少子化問題が改善していないということから、自分が想像していた以上に少子化という問題が深刻なものであるということがわかった。
  90. "今回の授業では明治維新当時の日本で、人口の約9割が農村に居住で8割が農業従事者であり病気などで労働能力のない70歳以上の独身者、13歳以下の児童には、一定限度の米代を支給していることを知り、現在の日本である生活保護と重ねてしまいました。昔と今現在では何が一緒で何が違うのかをより深く追及したいと感じました
  91. 今回の授業で英米における地域福祉の展開が戦前の日本の地域福祉に影響をもたらしたことを学びました。その中でもセツルメント運動は、知識と人格を備えた人が、貧困者とともにスラムに住み、直接コミュニケーションをとって福祉の向上を図ることは、貧困地域での生活に必要なものが体験を通して判断することができるようになるため、貧困地域の生活状態を改善に大きな影響を与えた運動であると思いました。これらの事例から、現代の社会福祉において、当事者の視点に立って対策を考えることが平等な社会を形成する上で重要であることを再認識することができました。
  92. 今回の授業を受けて英米における地域福祉の展開や過程についてや戦前日本の地域福祉などについて学び、難しくて理解ができない部分もあったが動画などを視聴して理解できたので良かった。
  93. 今回の授業を通してよく耳にする「セツルメント」とは住み込みで調査、改良を行うことだったのだと学んだ。また、イギリスのマニファクチャ―によって国が発展を始める裏で低賃金や長時間労働などの問題は存在していると考えると、やはり貧困は社会によって作り出されているのではないかと感じた。
  94. "今回の動画で、貧困に寄り添うというスローガンを作り、支援者たちは助けてる人々を軽蔑しないというところにすごく関心を持ちました。日本では、貧困の人(ホームレスなど)の人達を軽蔑し、避けて歩いたりします。日本でもそのようなスローガンを持ち、貧困の人達にもしっかり寄り添っていけるような国になってほしいと思いました。"
  95. "今回は、イギリスやアメリカ、そして戦前の日本における地域福祉の展開について学んだ。(慈善協会やセツルメント運動など)他の授業で学習した内容や、高校生の頃に世界史で学習した名称などがあり、とても興味深かった。"
  96. 今回は、地域福祉の展開について学びました。動画を見て、昔の児童労働は今では考えられない状況だと思いました。日本では児童は教育を受けて勉強するのが普通だけれど、まだ児童労働がある国はあるので、そう言った国がなくなって、児童労働がなくなるといいと思います。
  97. 今回はイギリスとアメリカの地域福祉、日本の戦前までの地域福祉について学びました。イギリスのセツルメント運動では、グループワークの起源となる労働者や児童のための教育活動や、住民の生活向上の事業が行われたり、コミュニティワークの起源となるアドボカシー活動や地域活動の組織化が行われたりしたことを知りました。アメリカでは、調査と欠課に基づいた活動や支援が行われ、今の家計調査や地域調査、コミュニティオーガニゼーションの礎になったことを学びました。そしてそのセツルメント運動が日本にも伝わり、今の日本の制度につながっていることを知ることができました。
  98. 今回はイギリスやアメリカの地域福祉について学んだ。特に英米では移民などの違い人種が多くいたこともあったので日本よりも良い地域福祉が展開できたのではないかと考えた。
  99. 今回はジョージアダムスについて学び、貧しい人が支援されていく仕組みを開発したのはすごいことだと思いました。
  100. 今回はセツルメント運動など、イギリス、アメリカそして日本の歴史について学びましたが、大切な用語がたくさん出てきて覚えるのが大変だなと感じました。貧困問題を考えている点からアダムスは、勝手に裕福ではない家庭で育ったのだと想像していたけれど、動画をみて裕福な家庭に育ったと知り驚きました。
  101. 今回は英米における社会福祉の展開について学びました。覚えるべき人名や言葉が多かったので何度も資料や動画を見直して覚えていこうと思います。
  102. 今回は地域福祉の展開について学びましたが、福祉の発展には産業の発展とともに低賃金や長時間労働から困窮者が増大したという時代背景があった事を再確認することが出来ました。この点を現代の日本で考えてみると、少子高齢化や児童虐待の増加など様々な福祉分野において、柔軟に展開し続けなければならないと感じました。
  103. 今回学んだことを次回からの授業やこれからに活かせるように、自分で復習をしっかりして次回からの授業もがんばります。ありがとうございました。
  104. 今私たちは、当たり前のようにご飯を食べられているが、昔の方々がどれだけ苦労して今のご飯を食べられる環境を作ってきたかを考えなくてはならないと感じました。
  105. "今日の講義では、まずイギリスにおける地域福祉の源泉とその発展過程について学んだ。産業革命期のイギリス政府は、福祉の面に対して不十分であったため、イギリス慈善組織協会が隣友運動であったり、様々な活動を行いながら救済活動をしていたことを知ることが出来た。イギリスで行われたコミュニティーケアは、日本における地域福祉の成立と発展に大きな影響をもたらしたそうであった。次に、アメリカにおける地域福祉の源泉とその発展過程について学んだが、ここで出てきた「セルツメント運動」、これも日本に広がっていったと言っており、このようなことから、海外で行われていたものに影響され、それを吸収し、日本は地域福祉を発展させていったのだと感じた。"
  106. "参考動画から学びました。戦前の日本の胎動期で何が起きていたかなど、今の自分たちがあるのは過去の人たちが築いてくれたものなのだと痛感させられました。"
  107. 参考動画を見て、幼い子が大人の靴を磨いていたり、小さな児童が工場の大きな機械を扱っていたりなどの多くの写真を見て当時の児童労働の様子をよりリアルに感じることができました。アダムズがどれだけ多くの児童に手を差し伸べたのか、またどのようにして自らさまざまな活動を行い大きな功績を残したのかを知ることができました。
  108. 産業革命は機械化による発展が注目されがちだが、劣悪な環境による低賃金・長時間労働による困窮者の拡大は高校時代に学習していた。労働者が働けば働くほど資本家が豊かになっていく時代で、これを改善しようとしていく活動は学んでいたが、地域福祉に繋がっていくとは思っていなかったので今回の授業で学んで驚いた。発展により苦しむ人が出るが、その人たちと共に住み福祉の向上を図るセツルメント運動は効果的だと感じる。知識と人格を備えた人が貧困者と共に住むことで貧困者にも知識などが伝わり、その場限りでの救済ではなく将来的に貧困者が活躍出来るような運動だと思う。
  109. "子供の労働や不当な過酷労働などは、現代日本社会には少ないように思えるが、それでも世界的な目で見ればまだまだ改善しきれてない状況だと思う。SDGsのゴールのひとつでもあるので、より積極的なケアシステムや対策を世界中で連携し、根絶していかなければならない問題であることを再認識した。"
  110. 私が、今回の講義で1番印象に残っている事は、ジェーンアダムスさんの話で、全国規模の進歩的な改革運動、そして教育・職場環境の改善するために取り組んだことです。そのような人のおかげで今の教育などがあるんだなと思いました。
  111. 私はこれからの授業に焦りを感じたのである。理由は2学期の授業になっていよいよ他の授業で出てきた単語や歴史が重なってきて一つの教科をより一層の理解を深める必要が出てきたと感じたからである。例えば今回の授業で出てきたセツルメント運動やアドボカシーは1年生の頃に受講したソーシャルワーク総論で触れた内容であった。私はそこで知識を深めていたので地域福祉論第2回の授業についてこれたが同じように地域福祉論での学域がこれから先の別の科目で出てくるかもしれないと考えた時に今まで以上に一つ一つの出来事や単語の意味を深く理解することが必要だと感じたのである。
  112. 私はジェーン・アダムズのしたハルハウス運動についてとても感心した。ジェーン・アダムズのやっている活動は米国の貧困を救う政治活動であり、その考えはノーベル賞を授与されるくらい素晴らしいものだと私も考えた。ただ、環境自体を変えなければ貧困層は救えないのだとも考え、とても社会とは難しいと思った。
  113. 私はレイン報告書による「ニーズ資源調整説」は現在の地域福祉においてとても重要な報告書なのではないかと思った。特に②の社会的困窮と無力の解消と予防については日本でもずっと問題になっているホームレスの減少にもつながってくると思った。
  114. 私は今回の授業でイギリスやアメリカの地域福祉の発展過程について学ぶことができた。そして、その発展過程でのセツルメント運動などが日本に伝えられたことで、他の講義でも学んだ岡山博愛会などを設立したのだと知り、他の講義で学んだことを改めて見返してみたいと思った。
  115. 私は実習の中で、重要事案が軽度の事案の数に埋もれてしまうと言う現状を聞いた。コミュニティオーガニゼーションの体系化はコミュニティ自らがその必要性と目標を発見しそれらを順位づけて分類するとしていて、順位づけするのは難しいが、重要事案が埋もれないように何か考えなくてはならないなと改めて感じた。
  116. 慈善事業ができた理由が、政府が不十分だったからというのを初めて知りました。しかし、良い暮らしをしているような政府の人々では市民の暮らしや気持ちはわからないだろうから納得しました。セツルメント運動の動画のように、救済したが経営がうまくいかなくて閉園のようなことがあってはならないので、金銭的な援助は大事だと思いました。
  117. "時代が変わり、産業が発展すると同時に新たな貧困が生まれてしまうと思いました。公的救済が追いつかないからこそ慈善事業が発展し、それが今のケースワークの基礎になっていると考えます。
  118. 私は、人が困っていても積極的に助けに行こうとは慣れないタイプなので、今よりも支援方法が限られていた当時に行動できた人は素晴らしいと感じました。"
  119. 主に戦前のイギリス、アメリカ、日本3カ国の地域福祉の展開について理解することができた。コミュニティケアや、コミュニティオーガニゼーション、方面委員制度など各国で少し違う取り組みをしているところもあるが、慈善事業とセツルメント運動はイギリスから始まり各国へ広がっていったことがわかった。特にセツルメント運動は、当時の社会福祉に大きな影響を及ぼしているように感じた。
  120. 女性の参政権やバリアフリーなど、権利を平等に得る機会を得たり、障害を持っていても住みやすい環境を作ったりなど、昔から今まで様々な問題を解決してきたが、120年前の子供達に食料を提供している写真を見て、昔から抱えている問題を100年経っても解決できずにいることを知り、貧困の問題を解決するのは難しく、永遠のテーマであると考える。
  121. 新井先生が冒頭でお話ししていた高齢者夫婦のお話に、実習で社協に行っているため、なんだかすごく近いものに感じました。床屋に行っていないかもなどの小さな気づきから、気を遣わないような訪問などこの流れがまさに地域福祉だなと感じました。
  122. 世界の各国ではどのような地域福祉が行われているのか興味が湧いた。
  123. 政府が不十分なところを非営利組織などの慈善事業の人たちが宗教的な背景はあるけれど貧困家庭への友愛訪問を行うことは孤立させないという面でもとても良いと思いました。時代の流れをしっかりと掴みたいと思いました。
  124. 戦前にここまでアイデア、発想があるのはすごいと思い、主体的だと感じました
  125. 他の授業で学んだことが多くあったので、思い出しながら学びを深めることができました。セツルメントの歴史についての動画では、写真と一緒の紹介されていたので、そのときの状況が分かりました。
  126. 地域と聞くと国や県に比べると小さい組織に聞こえるが市や自治体など地域がしっかりと連携することでよりよい街づくりになると私は実感した。地域と福祉が結びつき高齢化社会を乗り切りよりよい国を創っていくべきである。そのためにもまずは自分自身の知識をもっと蓄えていきたい。
  127. 地域福祉のきっかけとなったセツルメント運動に影響され日本も地域福祉を取り入れ始めたことがわかった。また、戦後から本格的に法が制定された印象があるので、もし戦争に勝っていたら、また状況が変わっていたのかと少し考えました。
  128. 地域福祉の源流を学ぶのはとても楽しかったです。民生委員の源流が大正時代からあったのは驚きました。また、当時の日本は隣人の関係も希薄ではないと思うので公的なサービスの基盤がしっかりと整っていれば社会福祉先進国に成れていたのではないかと考えた。
  129. 地域福祉の発展過程というものをしっかり学ぶことができました。その中でもまたイギリスとアメリカとの違いもしっかり把握できました。
  130. 中央慈善協会や日本のセツルメント運動は海外から伝わり、組織化していったことをしり戦前から海外から伝えられた福祉があることを学びました。
  131. 中央慈善教会やセツルメント運動が海外から伝えられていたことに驚きましたし、このような活動があることに驚きました。もっと深くまで学ぶために自分でも調べてみたいと思います。
  132. 動画をみて、セツルメント診療所の医療は、病気を医学的だけみるのではなく、社会との繋がりからも考察していました。治療だけでなく予防医療の必要性も学ぶことができました。
  133. 日本だけではなく世界でも昔から地域福祉について考えられていることを知れました。時代が変わることで求められているニーズが変わっているのでそこにいかに対応できるかが大切なんだと感じました。
  134. 日本のセツルメント運動がアメリカの影響で伝えられていたことを初めて知りました。
  135. 日本のセツルメント運動というものは聞いたときありましたが、どのような運動なのかまで詳しくは知りませんでした。葛西の伝染病によりインターンや学生が診療所を開設したことが始まりということが分かりました。また、そしてそれがどんどん広がっていき地域が改良されていったということが分かった。
  136. "日本のセツルメント運動について前期で他の講義でも、軽く触れたのですが詳しい内容まで学んでいなかったので今回の講義は初めて聞く話ばかりでとても興味深かったです。先生と同じく私も「からすのパン屋さん」の絵本が大好きだったので、作者の方がセツルメント運動を行っていたと知りとても驚きました。"
  137. "日本の現代の福祉を考えるときに、海外の福祉事情と比較して考えるという視点を学んだ。日本の社会福祉がイギリスからの影響を受けていることを知った。しかしクリスマスに子供に食べ物を与えている写真を見て、今の日本には子供食堂などがあるが昔のイギリスと似たようなこをしていても根本的な解決にはならないのでもっと踏み込んだ政策が必要であるなと感じた。
  138. 日本の福祉の成立はイギリスやアメリカの影響が大きくそこから日本独自の福祉が広がっていったのだと分かった。特にセツルメント運動は現在も続いており日本の福祉の発展や貧困問題の解決とてもに必要なものだったのだと思った。
  139. "日本はイギリス、アメリカから地域福祉の影響を大きく受けているように感じました。また、COSの発展など過去100年の間で起きている変化に対し、今までより短に感じることができた日本もアメリカやイギリスのように地域福祉が発展していったということが今回の授業で分かりました。また、共通なものがいくつかあったということや、それぞれ特徴や違いがあるというところも興味深いなと思いました。
  140. 日本やヨーロッパでも同じように政府の対応が不十分なところから慈善事業が発生したというところに、人間が持つ救済の心が垣間見えた気がしました。
  141. 日本国外の歴史について触れた。運動などの活動を活発に行っていた当時の働きのおかげで現在につながっているのだと感じた。
  142. 発展するにおいての戦前に様々な工夫ができることがすごいと思いました。国内で情報量が大して多くないのにも関わらず様々な方を組み込める主体性が素晴らしいです。
  143. 病気の医学的見地からだけで見るのではなく、社会との繋がりからも考察するという視点や、活動には専従(社会人)学生地域住民支持してくれる人たちの人格的交流が不可欠である。この2つの言葉は偏狭にならならず多くの考えを参考にすることに繋がると思いました。
  144. 貧困の大量発生の対策として篤志家による民間救済慈善事業が活発になったが、今では貧困に対しての法律が定められているが当時貧困に対しての法律がなかったため、多くの人が結束して組織化することによって貧困に対策をしていたことが分かった。
  145. "貧富の差が激しいことや子供が働いていることが当たり前であるという時代があったが、今は改善されている。それは今までにそれらを当たり前としてはいけないと考える人が様々な行動をし、国を変えていったものであると気が付いた。貧しいことや子供が働かなければいけないことはその家庭の問題ではなく、国の問題であるという考え方にハッとさせられた。私はいま日本で生きているが、今回の授業のように海外の歴史にも目をつけることで新たな視点を持てるのではないのだろうか。また、過去の人たちのおかけで今があり、昔と比べ改善されたとは思うがまだ課題となる点はあるので過去の人たちがどのように考え行動してきたのかを知ったうえで、これからのことを考えたいと思った。"
  146. "聞いたことのある言葉が多く登場した。改めて用語や年代などを整理する機会になった。民生委員の原型となる制度が100年以上前からあることに驚いた。"
  147. 本日の講義もありがとうございました。本日の講義を通して、現在の福祉サービスや施設などの元となった人や施設や活動内容を学ぶことが出来ました。どの時代にも人のためになる活動をしたい、と思う人たちはいたということを改めて考えさせられました。私は、劣等処遇の原則の考えがあまり好きではありません。労働する最下層民よりも低い生活水準になる程度の支援だけでは、充分な生活を送ることが出来ず、生命の危機に陥らない程度の生活を送るしかできないと考えられます。劣等処遇の原則なども含め、時間がたつにつれ、見直し改善されて今の福祉サービスは成立しているのだと考えました。現在の福祉サービスも充分なものとは言えないと思います。どこを改善するべきなのか、その改善は現実的に行うことが出来るものなのかということを自分なりに考えてみたいと思いました。現在の私は、圧倒的に知識不足です。福祉の歴史について理解を深め、これからの福祉の展開についても考えられるように勉学に励んでいきたいと思います。次回の講義もよろしくお願いします。
  148. 明治維新の時の日本の人口9割が農村に住居,8割が農業従事者という事実に驚いた。理由は、明治時代では,外交など貿易を盛んに行なっていた時代だと思うので8割もが農業従事者ということに驚いた。

 


第1回 イントロダクション

  1. 1期に振り返りをし、2期に学ぶことを理解しました。また、このコロナ禍によって地域福祉の活動が制約されてしまったり、それが制約されたことで生活に影響を及ぼされている人がいる現状を知り、何とも言えない感情になりました。しかしそんな中でも活動を続けている地域福祉団体を見ると、決してコロナ禍だからといって何もできないわけではないし、逆に新しいことを始めるチャンスなのだと思いました。
  2. コロナウイルス対策従事者へのメッセージ募集という取り組みに注目しました。言葉で感謝や応援などを伝えることは難しいですが、気持ちを込めて書いたメッセージはすごく良いと思います。自分も言葉で感謝されることはとても嬉しい気持ちになりますが、メッセージを貰って読むことも言葉以上に嬉しい気持ちになります。メッセージであれば、何度も読み返すことができるので、従事者の方たちにとっては力になると感じました。
  3. サイトを見て感じたことは、コロナは医療従事者だけが頑張るものではないということである。一般の私たちでもできる支援があるので、出来ることはやっていきたいと思った。後期の授業はもっと自分や家族の立場に置き換えて学びを深めたい。"
  4. ただでさえ地域との交流が希薄になっている現代日本で、新型コロナウイルスによってさらに希薄となってしまった。このような状況の中でもNPO法人や企業が地域に目を向けて困っている人に対して支援を行っている。中には品不足が予測される物の代替品を手作りする動画などの作成が行われ、社会の混乱を最小限に抑えようとする試みが見られた。人との距離を保たなければならない時だからこそ、自分たちにできることを積極的に行わなければならないと感じた。"
  5. どの時代、国においても貧しい人を救おうとする取り組みは行われており、国家が機能しなかったら民間が行うといったような形態はなかなかに見れないものなのではないかと感じた。
  6. 中でもイギリスのセツルメント運動については自ら貧困者と同様の目線に立ち、ニーズを理解し、福祉の向上を試みる運動については現在ではなくなってしまったものであるように感じた。"
  7. 期末レポートで、私より時間をかけないでやっている友人が私よりも点数が高く落ち込みました。しかし、今回の講義で私の書く力が友人よりも劣っているということに気が付きました。友人に勝つためにも将来のためにも書く力を身に着けるため、毎回のコメントペーパーでも、文章を書くのは苦手だけどしっかり向き合っていきたいと思います。
  8. レポートに真面目に取り組んでいない人や内容が薄い人が多いという反省点をとても残念に思いました。自分が何ができていないのか知りたいのですが、期末レポートの評価で、各配点が3.4点だと出来ているという判断でいいのでしょうか。"
  9.  久しぶりに去年受けた地域福祉論Ⅰの内容を思い返すことができた。今までに他の授業のレポート等で活用し続けてきた見方が多く、この授業の存在感の大きさを認識した。
  10. 久しぶりの授業で、1期に学んだことを思い出すことができました。また、先生が授業中指摘なさったように、レポートを書いたとき、自分も語尾が単調になってしまうので、もっと本を読まなければと思いました。長野県社会福祉協議会の動画を見て、以前から身近なもので防護服を作ることができることは知っていましたが、工夫すれば意外と簡単に防護服を作ることができるとわかりました。実際にポリ袋で作ってみたいと思いました。また、農業用のマルチでも作ることができることを初めて知り、納得しました。新井先生、2期の授業もよろしくお願いします。
  11. 今回の授業を終えて、一期では実際にある地域の課題を理解してきたが、二期ではそれぞれの地域課題に対して、どのように社会づくりをしていくのかの方法や仕組みを検討する目的であるため、資料にある「自分自身で具体化してみる」ように、身近にある地域に目を向けて個人のニーズを発見、理解をしてどのように地域や専門職にネットワークを広げるかを展開することが必要であると考えた。そのために、長野県のふれあいネット信州のように、コロナ禍においても可能なボランティア活動の把握が必要であり、現場に行かなくてもネットワークを利用して人と人をつなげられるようになっていることを個人から地域に広げることも一つの社会づくりの方法ではないかと考えた。
  12.  今回は参考リンクから誰でも出来るボランティア活動というのがあった。その中でも特に私が注目したのは、「防護エプロン作り」である。医療従事者の方たちにとって、防護服は必ず欠かせないものである。私たち市民は病院内に入って医療従事者の方たちのサポートを直接的に行うことはできない。そのため、防護服などを私たちが作り、少しでも医療従事者の方たちが「一人ではないんだ」「支えてくれる人がいるんだ」と安心してもらえるような取り組みは素敵だと思った。
  13. 参考webサイトの簡易防護エプロンの作り方に関心を持った。これから台風が増え水害も起こりやすくなる。そうなれば、多くの人が避難し、避難所は密になり、クラスターが発生する可能性も高くなる。物資の少ない中で身を守るためにはどうしたら良いのか工夫していくことが大切だと考える。対面でのボランティアが行いにくい中では、このようなもしもの時の知識を身に着けることも未来の社会貢献に繋がると思う。今の自分にできることを見つけ行っていくことが必要である。そのためには自分が健康であることが前提だと考える。自身の感染対策と他人に感染させない配慮する。マスクを正しくつける、こまめに手を洗うなどの基本を徹底することが大切だと考える。
  14. 私が今回の授業の中で印象に残ったものは、参考webサイト内のコロナウイルス対策従事者へのメッセージの募集である。理由は、私が先日1回目のワクチンを接種しに行った時に地元の医師や看護師の方々が一生懸命に働いてくださっている様子を自分の目で見ることができたことで人とのつながりを感じ、感謝の気持ちを持ったからである。2期の授業では続けて書く力を伸ばし、理解を深められるように取り組んでいこうと思う。"
  15. " 私が長野県社会福祉協議会のサイトの中から特に関心を持ったのは、長野市が行っているボランティア活動でGA長野グループ主催の「ギャンブル依存症自助グループ」といったものである。ギャンブル依存症のイメージでは、中々はまってしまったものは抜け出すことが難しいということ。さらに、他の人に相談が難しく、個人で抱え込んでしまうといった事が私自身のイメージであったため、余計に状況が悪化してしまい、中には借金返済が難しくなってしまったという理由から、自殺をしてしまうといった事例も見られる。そんな中でも、このGA長野グループが行っている活動というのは、ギャンブル依存症に悩まされている方々、かつて依存症であった方々が集まり、経験談や悩み事などを打ち明けるといった活動をしている。この活動だけでも、かなり当人の気持ちは楽になるのではないかなと感じた。さらに、病院への紹介などもその話し合いで可能であると思うので、自分一人で抱え込まないといった目的も果たすことが可能なのではないかと考える。この活動だけの問題ではなく、地域福祉において、個人で抱えている問題というのは見えていないだけで多く存在していると考えられる。同じ境遇にいる仲間を見つけ、ともに支え合うといった事は、福祉の中でも柱になっていくものであると感じるので、ボランティア活動を通じてもう少しこのような活動が増えていくことがベストなのではないかと考える。"
  16.  新型コロナウイルスの感染拡大による活動の休止や規制が多く出された。そこで生まれる様々な情報の中には、デマやうわさといった、人々を惑わせるようなものが出回ってしまっている。そんな中、川崎市の社協は地域福祉の活動として、住民に確かな情報を知ってもらうために、感染拡大の防止に向けた9つのルールを掲げたアニメーション動画の作成、地域福祉活動チェックシート・健康チェック記録の配布など、スマートフォン一つあれば簡単にダウンロードすることが出来る対策を工夫して行っていた。こうしたマクロな対策をすることで、政府と地域が一丸となって、多様な地域福祉活動の促進を遂行することができると感じた。
  17. " 先生が授業内でおっしゃっていた、近隣住民の方の認知症のお話に関連して感じたことがありました。私の祖母は元々認知症気味であったのですが、週3回のデイサービス利用をしていたことにより人と触れ合う時間があり、まだハキハキしていました。ですがコロナウイルスの影響によりデイサービス利用をやめてしまった途端、段々と覇気がなくなりぼーっとすることが増え、先生のお話でもあったように冷房を使わなかったり、冷房と間違えて暖房を付けていたりと症状が進行しているように感じました。
  18.  先生のお話を聞いて祖母のことを思い出し、コロナウイルスは福祉の場面にも影響を及ぼし、その影響によって高齢者や施設利用者にも影響が広がるのだと痛感しました。
  19.  また、サイト内に掲載されていた「新型コロナ助け合いフードドライブ」に惹かれました。助けを求める人のために何かしたいと思っていても、どんな手段があるのか分からない、という人は大勢いると思います。その人たちの思いを形にできるようなプロジェクトであるなと感じました。このようなプロジェクトが、どのような人が困っているのか、どのような困窮に陥っているのかを知るきっかけとなり、市民の一人一人が地域問題に目を向けることに繋がるのではないかと思いました。"
  20.  前期の講義を受講し、地域福祉の構造的な理解を図ったり自分に身近な地区の取り組み主体やその具体的活動を調べたりしたことで、地域福祉が担う役割の大きさや課題が多少なりとも理解できた。そこで学んだ課題などに加え、直近では新型コロナウイルスによって新たな課題または課題の深刻化が進んでしまっていることも自分なりに理解している。社会全体として行動範囲や活動が制限されたことで、人との関わりが減るなどして、支援の枠組みから逸脱してしまっている人たちをきちんとルートに乗せることがさらに難しくなったのかもしれないと感じた。またこのような状況下に置かれた現代においても、「防護エプロン」を作るという活動が行われていることが記事に記載されていた。活動を制限されている中でのやりがい、生きがいとなる可能性に加え、そのエプロンが誰かの役に立つというボランティアとしてとても意味を成していると思った。近年では何かと大きな企画や活動を興すのが一般化してきていた中で、この状況に陥ったからこそ、このような一人ひとりに焦点を当てた地域参加型の活動をすることの重要性が再認識できた。
  21.  地域福祉の活動とふれあいネット信州のサイトを読み、地域福祉のかなめである人同士の触れ合いや協力は新型コロナウイルスの影響で活動ができなくなっていることなど、実際に大学でボラセンなどを訪問してみて今の現状を自身でも実感してきたつもりでした。けれどだからといった繋がりは消えたわけではなく、SNSやzoom談話、支援物資などボランティアの新しいやり方がコロナを通じて構築されつつあるのだと、新しい可能性にきづかされるものがありました。
  22.  長野県の社会福祉協議会のサイトを見て、コロナウイルスのせいで直接現地に行って行えるボランティアは減っているが、長野県の取り組みの様に、食べ物を送ったり、電話や手紙で行う支援の形が広がっていることが分かった。自分もこのような取り組みに参加していろいろ学んでみたいと思った。
  23. ""「地域課題を直視し共感的に構造的に考える」という所で、先生が近所の人の庭や髪型など様子が変わっていて訪問してみると暑い中クーラーをつけていないなど、本当に地域を直視して課題と向き合っているのだと思いました。
  24. 私は、寮生活でコロナの影響もあって外出を控えているので、地域を直視することが難しいですが、できる範囲で地域に目を向けて自分が暮らしている地域の課題は何なのか理解したいと思います。最後に私は、書くトレーニングが苦手なので、頑張ってできるように頑張りたいと思います。"
  25. "1期で学んだことを2期で深めていきたいと思いました。到達目標に近づけるように学習しようと思いました。"
  26. 1期で学んだ内容を改めて思い出し理解することができました。2期ではその内容よりも具体的に学んでいくので自分の中でしっかりと理解を深めていけるようにしたいと今回の授業で改めて思いました。レポートの書き方も改めて注意して書いていこうと思います。
  27. "1期に引き続き、地域福祉についての理解と課題だけでなく、様々な分野・視点での「福祉」をこれまでの授業で得た知識を活かしながら考えていきたいと思った。また、実習や授業内容などの実践的な学びを得る機会が増えたため、積極的に学習を深めることの大切さを改めて感じた。"
  28. 1期に引き続き地域福祉論を受講させていただくので、1期よりもより理解を深めていきたいと思います。そして、地域課題を「構造的」に考えることを大切にしていきたいと思います。
  29. "1期は受講しておらず、2期からの参加になります。よろしくお願い致します。ミクロ、メゾ、マクロという3つの言葉は聞いたことがありましたが、意味はきちんと理解していませんでした。ミクロは臨床でメゾは運営管理、マクロは政策といった地域福祉の方法があると知りました。また、地域にとって暮らしを支える主体のなかに非営利、ボランタリー組織というのがありました。高校生のときに非営利組織を習い、営利を目的としない団体ということも学び、社会貢献や慈善団体をしているところに興味を持ちました。"
  30. "2期から地域福祉論を履修することになりました。女子ラグビー部に所属しています。半期間お世話になります。宜しくお願い致します。
  31. DAIGOさんのホームレスの意見で私は、好きでホームレスンになってしまったわけではないのに酷いな。というように考えていたのですが、先生は生活保護を受給する人が減ってしまうのではないかとおっしゃっていて自分ももっとソーシャルワーク的な考え方ができるようにならなくてはいけないなと感じた。
  32. いろんな背景を知ることができたと同時に、それらの背景についてもっと知っていきたいと思った。
  33. "かわさきのホームページを閲覧してコロナの中での活動に様々な工夫が見て取れた。先日のニュースでも高齢施設の面会の工夫も行っているので、今後の地域福祉に大きく変化が見れるだろう。
  34. 二期もよろしくお願いします。"
  35. "この夏休みの期間、近所のおじいちゃんが、毎日のように娘さんに怒られていたので心配でした。ですが、何もすることができませんでした。近所で、おじいちゃんが怒られる・小さい子どもが親に怒鳴られているなど心配になることが多い夏休みでした。私は文章を書くことが苦手なので、この授業を通して文章を上手く書けるようになりたいです。1期と2期を通して学んだことを説明できるようになりたいです。"
  36. "この授業の目的や到達目標を見て、理解した。地域課題を自分には関係ないというふうに捉えるのではなく、誰にでも起こりうる可能性があるとして向き合っていくべきであると思った。"
  37. "これからよろしくお願い致しますまたボランティアに興味があるので楽しみにしています。"
  38. これから地域福祉論をしっかりと学んでいき、これからの人生に役立てていきたいです。
  39. コロナウイルスで感染予防のための自粛を呼びかけると同時に社会福祉の取り組みをすることは容易ではないなと感じましたが、そんな中でも人が人とのつながりを絶やさないようさまざまな取り組みを行なっているということを知りました。取り組みとして定期的に電話などをかけるということがありましたが、電話を取ることが難しい人などもいると思うので、色々と工夫が必要だなとも感じました。
  40. コロナウイルスで自粛を迫られることで、人との繋がりが薄くなっていることを再確認できました。コロナ禍での生活が当たり前になりすぎていて忘れていました。環境が変わることで健康状態にも関わるので、行政の地域福祉だけでなく住民の見守る目を大切にすることが必要だと思いました。
  41. コロナウイルスの影響で集まって地域の活動をすることはできないが、そんな状況でも食べ物を困窮者に譲ることや近づかなくともつながりを消さないような活動が行われていることが分かった
  42. コロナウイルスの状況下において社会的に孤立してしまう人が増えている中で、いかに人との繋がりを絶やさずにするかが求められていると感じました。ウイルス・感染対策と思うように動けない中で何が求められているか。また、どのように対応しているのかを垣間見る事が出来ました。
  43. コロナでボランティアができなかったりしている人もたくさんいる中でこういう風に努力をしている人もいるのだなと思いました。
  44. コロナで人と人との関わりや繋がりを以前のようにできなくなった現状ですが、感染対策をしながらボランティア活動を行うことは繋がりを切らないために大切なことであり、特に最前線で戦っている医療従事者の方々には感謝の気持ちを形にして伝えることも重要だと思いました。
  45. "コロナの影響が地域との孤立に関係していることを知りました。孤立を防ぎながら感染対策もしつつ地域活動を続けることは難しいように感じますが、社会福祉協議会のボランティアの中で、医療従事者にメッセージを送ることで繋がりを保つ活動などがあり、工夫の仕方次第で孤立を防ぎ人の繋がりを途切れさせない方法がある、ということを考えるきっかけになりました。"
  46. "コロナ渦であっても地域や社協ボランティアセンターが、地域の安心に繋がる取り組みをネットや遠隔での交流を工夫しながら取り入れていることがWebサイトを読み分かりました。
  47. 興味が湧き私の住んでいる社協ボランティアを見たところ一部延期や中止にはなっているものの、コロナ対策をとってこども食堂の開催などを行っており地域活動がまた少しずつであるが戻ってきておると感じた。電話やメールzoomでの状況確認や悩みごとの相談、交流会など制限されているなかで出来る取り組みを今後確立し地域全体で支えあうことが必要だと感じました。"
  48. "コロナ化で人とのつながりを持つのが怖いと思う中、大切に思うからこそ新しいつながりと、これまでのつながりを大切にしようというのがshare smileのYouTube動画で感じた。 私の住んでいる地域の毎月第一日曜日は掃除の日と決まっていましたが、高齢者も多いため中止になっている。自分のところだけではなくて、ボランティアに関することもコロナの影響で制限されていることを改めて実感した。また、直接会うことができなくても物資を送りあうこともボランティアの一種であることを知ることができた。"
  49. コロナ禍で自分の身は自分で守らなければならない中でのボランティア活動は、とても難しいと思います。しかし、ボランティアを必要としている人々はたくさんいます。食品や衣服の提供であれば、私たちも気軽に参加できると思いました。コロナ禍でもこのような活動があることをメディアで発信していくべきだと思いました。
  50. "コロナ禍において人間関係が希薄になる中で長野で行われている食糧支援や川崎でのチェックシートを活用した取り組みは自分の状況や地域住民の互いの様子を知ることができて良い取り組みだと感じました。長い間対面をすることは出来ませんが、少しでも人と顔を合わせて話すことがモチベーションの向上や孤立の防止に繋がると考えます。また、自分は住民票を移さず選挙の度に地元に帰って投票をしていましたが、冒頭の選挙の話題も踏まえ、自分の現在住んでいる地域の政治に目を向けて参加することが地域社会の福祉の形成に繋がると考えることが出来ました。"
  51. "ご近所の方はどのような方なのかなど、私は全く交流がないため、先生のようにご近所さんを気にかけ日頃からコミュニケーションを取りながら状況を把握していく取り組みは大切なことだと思った。認知症の方など、地域の人がサポートしていけば防げることもあるため地域で取り組んでいくことの重要性を感じた。川崎社会福祉協議会の資料を読み、フードドライブの内容が印象に残った。コロナ禍により生活困窮に陥る人も増えたと思う。そういった面で、フードドライブがあることにより、生活のサポートをすることができるため他の地域でも広がって欲しいなと感じた。防護エプロンを作るという発想が素晴らしいと思った。作るのは少し大変そうだが、動画は見やすくわかりやすかった。"
  52. "ネット状況が悪くformsにつながらなくて遅くなりました。前期につづきミクロ的な福祉について詳しく学びたい。"
  53. パワーポイントでわかりやすく図を用いていたところなどいいなと思った。
  54. "ふれあいネット信州内で募集されていた困窮家族への支援食糧緊急募集プロジェクトが印象に残りました。私はコンビニのアルバイトをしているのですが、そこではどうしても廃棄になる商品が出てしまいます。賞味期限などの観点ではそのプロジェクトの条件を満たすことは出来ないのですが、しかし時間に少々余裕を持って廃棄する点を考えると、何かしらの形をとって廃棄をゼロに、そして困窮する人にまわす動きを摂ることが必要であると感じました。"
  55. ボランティア活動で防護エプロンなどコロナならではのボランティアがあることを知りました。自分の地域でもやっているか調べ参加してみたいです。
  56. ボランティア活動には活動内容や開催方法など分かりやすいように詳細がかかれており誰もが参加することができるように工夫がされていると思った。現在コロナの影響でボランティア活動をしているところが少ないと思うが、私はボランティア活動に参加したいという気持ちが強くボランティア活動をすることで他の人との交流ができたりするのでコロナが収束したらボランティア活動に参加したいと思う。
  57. ボランティア情報で防護エプロン作りなどがあるのを初めて知りました。機会があれば地元のコロナに関するボランティアを調べ参加したいなと思いました。
  58. メンタリストのダイゴさんの話を先生の視点からの意見を聞いて、ダイゴさんを責めるだけでなく、ダイゴさんのような思考の人もたくさんいるのだと受け止めることが必要だと気付きました。私はダイゴさんのような影響力のある人がマイナスな発言することで生活保護はマイナスなものではないのに、世間的なイメージが現在よりも悪くなるということばかり考えて、ダイゴさんを非難してしまっていました。また、今回の授業では2期の学修目標や学習過程、到達目標をしっかり確認することができ、更に勉強に関するモチベーションを向上させることができました。先生がおっしゃったレポートの感想の反省点を活かし、今後更に質の良いレポートを書いていきたいと思います。二期もよろしくお願いいたします。
  59. "ライフサイクルが人にはあるが、誰でも起こりうる生活課題をどう考えるか、生活課題にもその人の背景がある。背景によって生活課題は変わってくる。地域はその人を育てる場所であって暮らしを全員で支えていく必要があると改めて思った"
  60. ライフサイクルの視点やICFの視点等の多様な場合から生じる課題に対し、4つの主体を理解した上で柔軟に解決する方法を学ぶことが大切である事が分かった。
  61. レポートのいい書き方が分かってよかった。自分が低く見られないためにも読みやすい文章を書けるようになりたいと思った。地域福祉にでの目的と到達目標が分かった。今回の授業を受けて地域福祉の事をより深く理解できるようになりたいと思う。
  62. "レポートの書き方について、最近読書があまりできていないため、文を構成する力が落ちている気がした。今期はなるべく本を読むようにして、文字や言葉に触れる機会を増やし、レポート作成能力につなげたいと思った。また、今期だけでなく、社会人になっても必要になってくるということなので読書の習慣を身に着けていきたいと思った。"
  63. レポートを私自身少し文字数を稼いで、提出すれば良いというような書き方をしていた節があったので、しっかりとこのようなコメントから文章を意識して相手が読みやすいように行なっていけたらと思います。
  64. 一期に引き続きよろしくお願いします。ちなみに自分は若っっっっっっ干のダイエットを夏休みしてました。
  65. "学習プロセスや目的、到達目標を見て授業に対する意欲が湧きました。後期からの受講となりますが一生懸命学びたいと思いました。"
  66. 感染症対策しながらも人とのつながりを切らないようにする努力が強く感じられた。食料などの絶対に必要なボランティアから医療関係者に送る心温かいメッセージなど続けていくべき考えである。
  67. "感染対策の9つのルールを守ったり、地域福祉活動のチェックシートや参加者名簿(健康調査)を作ったりすることがとても必要となっていることがサイトでわかりやすく書いていた。このような対策をしながら地域福祉活動をしなければならないということが分かった。
  68. 提出期限遅れてしまいすみません。授業日に提出するように心がけます。すみませんでした。
  69. "現在、新型コロナウイルス感染症の影響で様々な人が苦労している中で多くのボランティアがあるということが素晴らしいなと思いました。私も身近なことで出来ることが少しでもあるのであればやっていきたいと思います。
  70. 後期からなのでわからない事が多くなると思いますが、自分なり精一杯がんばってついていけるようにしていきたいと思います。
  71. 後期になって最初の地域福祉論の授業を受けた。地域福祉論の学習プロセスや目的、到達目標を改めて知ることができた。後期も地域福祉論についてたくさん学びたい。
  72. "後期になって初めて受講希望としていますが、テキストの内容やピックアップした内容を整理し、要点を説明できるように努力していこうと思います地域としての問題や課題点となっている点は、少しずつ理解できるように頑張りたいと思っています。力量形成やネットワーク支援は、難しいですが少しでも難しいことがわかるように復習や予習などをしていこうと思ました。地域での暮らしを支えていくうえで必要となることは、ボランティア活動やホ―ムヘルパーなどを雇い生活に負担を抱えている人や高齢者たちが安心安全に暮らせるように一つ一つ課題点を解決して行くのがカギとなるのではないかと思いました。"
  73. 後期の1回目の授業でだったので、地域福祉論2でどんなことを学ぶのかということをよく理解することが出来ました。学習プロセスに、1期よりも具体性に乏しいが、私たちの中で「具体化」してほしいと書かれていたので、後期はこれを忘れずに毎回の講義を受けたいと思います。また、レポートの書き方についても、今一度見直してみようと思いました。
  74. 後期の地域福祉論でどのような学びをするのか理解できました。自分自身レポートにはまとめたものの、各主体の役割についてまだぼんやりとしか覚えられていません。前期の資料を確認し復習した上で、地域福祉論IIの学びに繋ぎ知識として身につけていきたいです。レポートについても、うまくかけているのか自信もなく、苦手意識があるので、本や論文を読んだり、文章の書き方についても自分なりに学んでいこうと思いました。
  75. 後期の地域福祉論では、これから自分が実習などで必要となる知識を自分にしっかりと身につけてボランティアなども積極的に参加して行きたいと思う。後期もよろしくお願いします。
  76. "後期もよろしくお願いします。参考資料をみて、コロナによる地域福祉の支援の仕方について工夫されていると感じた。今までは、直接、支援を行うことが出来たが感染症の拡大により、直接の支援が難しくなっている。また、今までとは、違うニーズの拡大があり、それに合わせた活動をされている。防護エプロンを手作りできることは初めて知りました。"
  77. 後期もよろしくお願いします。今回の参考Webサイトにあった、今できるボランティア情報局を見て、このコロナだからこそできるボランティアがあり、繋がりを切らない活動、優しさを広げるための工夫など様々な取り組みがあることを知ることができました。
  78. 後期もよろしくお願いします。前期の知識を生かして後期も取り組んでいきたいと思います。後期は地域福祉のどのような問題があるのかもっと知れたらいいと感じました。また、考え方など多くあると思うので学んでいきたいと思います
  79. 後期もよろしくお願い致します。地域福祉論Ⅱでは地域福祉を図るために必要な、ミクロ、メゾ、マクロ実践の「歴史的経緯と詳細」についてしっかりと理解を深めたいと思います。また、地域課題を構造的に考える上で、地理・社会経済・政治・歴史・文化的な「背景」から考えるという視点を理解し、自分の地域に置き換えて自主的に考えていきたいと思います。
  80. "講義ありがとうございました。長野県社会福祉協議会のページを見てまず目についたものが新型コロナ助け合いフードドライブで、実習先の事業にも共通していたので感想を書きます。
  81. 休業や時短営業、アルコールの未提供等の対策を強いられている中で、お店の経営等に目が行きがちになると感じました。しかし、生活に直結するのは「食」ではないかと感じました。食が追い付かない貧困状態に陥っている家庭や世帯へ地域ぐるみで食料提供支援がなされていることに大きな役割を果たしていることが分かりました。収束が一番ですが、その状況のなかで地域間の繋がりの重要性が再確認されているように感じています。
  82. 地元でどんな取り組みがあるのか調べてみようと思います。
  83. 授業動画のご対応いただきありがとうございます。二期もよろしくお願いします。"
  84. "今、このコロナ禍の状態でボランティアなどに参加することは難しいと考えていたが、長野県の社協のサイトを見たことによって、この状況でもできることがあることがわかった。中でも直接的なボランティアではないが、フードドライブという取り組みは、このコロナ禍になって職を失う人もいて、以前よりも多くの人が食料に困窮しているからこそ、1番取り組むべきなとても良い支援の仕方だと思った。今までこの状況では何もできることは無いかもしれないと諦めていたが、この状況だからこそ大事にされる取り組みはあると思うので、何か自分にもできることを見つけて取り組んでいきたいと思う。後期もよろしくお願いします。"
  85. 今、新型コロナウイルスの感染防止のため、人と人との接触を避けなければならない状況下にいる。福祉の現場は人と人との関わりが大切だ。しかしできない事ばかりに目を向けるのではなく、今の自分にできることを探し行動に移している姿勢がとても素敵だ。皆が今の自分に出来る事を精一杯することで困難に打ち勝つことができるのではないかと感じた。
  86. 今できるボランティア活動をみて、パンデミックの今しかできない活動に協力してみたいと思いました。日本で最も有名なYouTuberのヒカキンさんが1000万以上の金額をコロナの医療支援に募金していた動画を観ました。それをみて本サイトにこそないものの、わずかながらyahooのコロナ医療支援に募金させてもらいました。手紙やマスクなどを作ったりする時間が授業などで取れそうもないのでお気持ちながらまた募金させてもらいたいとサイトを見て思いました。
  87. 今でも医療従事者の方々が最前線でコロナ患者の対応にあたって、ビニール袋を使った防護服を作った支援は今後もしばらくは必要だと感じた。
  88. 今の日本のみんなでできることといえば、感染予防対策の徹底だと思うので、このような掲示板をもっともっと増やして、全員でコロナ対策をした方がいいなと思いました。
  89. "今回の講義で、コロナ禍のボランティア活動に対する取り組みを知り、コロナ禍においても止まることなく様々な取り組みが行われていることを知るこができ良かった。今後の学習に生かしていきたい。
  90. "今回の講義では、イントロダクション・授業全体の見取り図について理解できた。まずは、地域課題を構造的に考えることが大事であり、ライフサイクルの視点、ICFの視点、地理・社会経済・政治・歴史・文化的な背景からしっかりと考察することが大事だとわかった。また、地域福祉に対してミクロ、メゾ、マクロの方面からしっかりとアプローチしていくことが、生活課題の解決に繋がると感じた。
  91. "今回の授業で、前期に何をやったかをだいたい思い出すことができました。ボランティア活動はコロナの影響で参加することができずにいたのですが、サイトをみて、困窮家庭への支援食糧緊急募集などは感染リスクもなく困っている人の力になれることがわかったのでやってみたいと思いました。また、募金をするなど身近にも困っている人のためになることがあるので、日々の生活で探していき、協力していきたいと思います。"
  92. "今回の授業では、2期にやる内容の確認と1期の振り返りをした。私はこの夏休み、引越しなどがありバタバタしていたため、身の回りの地域課題に目を向けることが出来なかった。そのため、2期以降は新しい土地で地域課題を見つけていけたらいいなと思う。また、長野社会福祉協議会のWebサイトを見て、メッセージ作りというボランティアがあることに驚いた。ボランティアと言われると現場に行って何かしら仕事を手伝ったりするというイメージがあったが、メッセージ作りなどの簡単なボランティアがあることを知り、これならお年寄りからお子さんまで誰でも気軽に参加することが出来ていいなと思った。"
  93. "今回の授業では、イントロダクション・授業全体の見取り図を教わった。きちんとしたレポートを書けるようにこれからの授業に取り組んでいきたいと思う。"
  94. 今回の授業では、前期の振り返りから入っていただいたので、レポートでの自分の足りなかった部分や改善点を改めて実感させられました。後期もレポートはあると思うので、その時には読みやすいレポートを心掛けながら書ければと思います。また、今できるボランティア情報局を拝見して、コロナ禍でボランティア活動の受け入れを停止している自治体があるというニュースを見たのでコロナ禍でもボランティア活動を行うことができると知り、驚きました。時間がある際にこういったボランティア活動に参加できればなと思いました。
  95. 今回の授業では、二期の授業がどのように進められていくのかを理解することが出来ました。一期の授業で学んだことを生かして二期の授業も頑張っていきたいです。二期の授業もよろしくお願いします。
  96. "今回の授業では、本授業の学びについて知ることができ、授業への関心・意欲が高まった。また、今回の授業では、中間レポート、期末レポートについての話もあり、書く力を高め、授業の内容理解得を深め、一期のつたなく薄い内容の文章よりも質の高い文章を書けるように努力したいと思う。最後に今回の授業で最後に紹介された長野県社会福祉協議会のボランティア情報についてだが、コロナ渦だからこそできる、するべき活動も多いということを実感させられた。特に地域のつながりを維持するための活動は、コロナ渦があったからこそ、その重要性に気付くことが出来、それが失われそうになっている今するべき活動であると感じた。"
  97. "今回の授業では次回以降の授業の流れについて理解することができました。政治や地域の活動などにも注目をして、講義以外でも考える機会を増やしていきたいです。コロナ禍で行動制限があるなかでもできるボランティアがあり、現地での活動以外にもできることはあると感じました。"
  98. "今回の授業で地域福祉論Ⅰでのレポートではまだまだ読みやすい文章を書けていなかったので地域福祉論Ⅱでは書く力をつけるために文章を書くトレーニングをしっかりとしようと思いました。地域活動の現在の取り組みを読んで新型コロナウイルスにより気軽に人と触れ合えないけれど繋がりを切ってはいけないというテーマがあり、工夫して活動していると感じました。チラシを配ったり、インターネットやYouTubeを利用していて若い世代はチラシよりもYouTubeなど動画のほうが見たくなり、高齢の方はチラシのほうが手軽に見れて良いと思うので予算などもあると思いますが両方利用したほうが地域の取り組みについてより知ってもらえると思いました。"
  99. "今回の授業にて、地域福祉とは何か構造について理解することができた。その中で、支える四つの主体の部分がとくに大事だと思い復習しようと思う"
  100. 今回の授業動画での一期のレポート評価を聞いて、改めて二期でのレポートは、授業で学んだことをしっかり記し、基本的な段落で1マスあけるなど基本的な事にも気を配っていきたいと思った。
  101. 今回は、1回目の授業で、オリエンテーションのようなものを行った。前期よりも気合を入れて、レポートなどもっとしっかり描けるようにしたい。また、コロナ禍でボランティア活動は縮小していると思っていたけれど、コロナ禍だからこそできるボランティアがあって、自分の地域のものも調べてみたいと思った。
  102. 今回初めて受けるけど、地域社会福祉が、停滞していることはわかっていたので、自分にできることをしたいと思った
  103. 困窮家庭への支援食糧緊急募集プロジェクトに興味をもった。離れた場所でも近い場所でも支援をすることができる。保存がきく米やレトルト食品だけでなく、野菜や果物などの食料も支援できたらいいなと思った。
  104. 再生と停滞の部分でお話されていたところであったようにコロナ禍でのボランティアというのは厳しい状況にあり、その中でうまく取り組んでいくというのもあるとは思いますが、社協等のボランティアへの依存度の高さというのも見えてきたのかなと個人的には思いました。
  105. "参考webサイトを見て、困窮家庭への食糧支援やwithコロナに向けてボランティアや情報を広めていて、地域でそのような支援を行っていくことが大切だと思いました。コロナで、より困っている人が増加していると思うので、相談できる場所や支援してくれる場所を増加していくことも必要なのかなと感じました。授業動画でも先生がおっしゃっていた、生活保護より動物の保護を優先すべきというような発言があったことに対して、動物の保護も生活保護もどちらも大切だと私は思います。生活保護は必要ない、自己責任だと思っている人も少なくないと思うので、もっと生活保護のことについて知る必要があり、恥ずかしいことではないと思えるような社会にしていく必要があると思いました。"
  106. 参考webをみてこのようなコロナ過でも困っている人のために懸命に活動している人がいることを知り、自分も参加したいなと思った。そしてその中でも長崎県の助けあいフードドライブが印象に残った。なぜならバイトを始めてから食品ロスについて考えることが増えたからだ。私は飲食店でバイトをしていて、その日のうちに使い切るべき物が残ってしまうことが多々あるのを知った。そしてそれらは捨てられてしまう。私はもったいないので毎回店長に許可をもらい持ち帰って食べているが、このような食品が貧困家庭へと受け渡せたらなといつも思う。どのようにしたら飲食店や企業が地域と結びついたり、福祉に関わり支えあいの社会になれるのか後期の授業を通して考えていきたい。
  107. 参考資料のサイトを見て、感染対策をしながら様々なボランティア活動が行われていることを知りました。なかなか人同士が集まることができない状況が続いていて、これまでと同じような活動はできないけれど、そのなかでも方法を工夫したり、今だからこそ必要なことを考えたりしていくことが大切だということを感じました。この状況だからと諦めずできることを探していかなくてはいけないなと思いました。1期のレポートで段落を分けていなかったので、2期のレポートでは基本的な文章の書き方から気を付けて1期よりも良いレポートを書けるように頑張りたいと思います。
  108. 私が注目した事例は、「今こそ、食の助け合いを」というコロナ渦での問題を解決しようという事例だ。コロナで思うように働けず、食事に困ってしまっているという人は何人もいると思う。その中で地域でそのように支援食糧などを集めて配布してくれるということはとても助かることだと思った。また、身近に助けられることとして最適なボランティア活動になると考えた。
  109. "私の地域に課題はあるのかと考えた時に思ったよりあるなと感じたので、他人ごとではないと感じました。例えば近所に認知症の母と息子の二人暮らしの世帯があったり、私の母方の祖父が認知症で現在入院中のため、祖母が一人暮らしの状態になっていたりなどです。それらの課題に目を向け、公的支援だけではなくネットワークを築くことが大切だとこの授業を聞いていて感じました。一期の授業よりもどうネットワークを築いていけばよいのか、自分たちには何ができるのかを考えたいです。長野県の社会福祉協議会の活動についてですが、防護エプロンを手作りするという発想が私にはなかったので面白いと感じました。手作りのマスクはよくありますが、防護エプロンの品薄に関しては一般の方にはあまり目が向けられにくいと感じるので、そのような支援ができていないことに目を向けられたらよいと感じました。"
  110. 私は、Daigoがバッシングを受けていた理由をあまりよく知らなかったので、今回の動画で知って、驚きました。参考リンクの中で、わたしは「つながりを切らない」に興味を持ちました。コロナの影響で集まれない、で終わりにするのではなく、時折はがきを送ることで、つながりを切らせないようにできることがわかりました。
  111. 私は1期のゼミで地域の抱える福祉に関する問題について考えるということをして、地域福祉の現在の状況や課題学んだうえでどのようなことが出来るのかどのようなことをすることで改善されていくのかということを自分の考えをもって行動できるようになりたいと思いこの授業を履修させて頂きました。今回の授業で、マクロなことは私一人には難しいかもしれませんが、ミクロなことであれば何か出来ることがあると思いました。地域の高齢者の人の家に訪問したり、気にかけたりするだけでも何かしらの支えになると感じました。
  112. "私は現在福祉業界に内定をもらっており、一番他社と比較してみて地域ニーズに貢献していると考えます。この授業を通して内定先で活かしたいと考えます"
  113. "私は後期からこの授業に参加します。前期から参加していた学生に負けないよう、自分の考えを持ちながら積極的に学習に取り組もうと思います。1年間よろしくお願いいたします。
  114. 私は大学生になり、地元を離れました。実家にいた頃に比べ地域のつながりもなく、頼れる人間も近くにいません。自分が困った時、助けてくれるのは遠くの親戚より近くの地域の方々であると実感した経験もあります。地域の繋がりが年々薄れているといわれている日本社会において、助け合いの文化がなくなってしまう事は悲しいことです。この授業通して地域の人々のつながりの大切さや、私たちの身近にある課題について学び、地域課題解決に貢献できるような人間になれるよう知識を身に付けていきたいです。"
  115. 私は長野県社会福祉協議会のサイトを閲覧して困っている人の現状を知るためにボランティアの広告に積極的なのではないかと感じた。特に今回のようなコロナ禍などの災害時は人とのつながりが必要にもかかわらず人とのつながりが希薄になり状況の把握やニーズが分からなくなると考えられる。そこで情報のつながりを広げるためにボランティアで対象者との関係を築きニーズを把握するために活用しているのではないかと考える。
  116. "社会福祉論IIの目的は地域社会を基盤とした社会福祉実践の方法とそれを可能にする仕組みを検討することである。地域の中に存在する個別のニーズを様々な関係者のネットワークの中でどのように支援していくのかを考えつつ、そのニーズを地域社会の課題として共有し、その課題を世論等に訴え支援活動や制度の創造に結びつけていくのかを考え、説明することを目的としている。現在はコロナウイルスの影響により、これまで取り組んでいた地域福祉活動が難しくなっている。しかし、マスクや防護服を自作するといった現代に合わせた地域福祉活動を行うことによって地域社会の繋がりを絶たないようにする取り組みが行われている。
  117. "授業が始まって一期で良い成績が取れたので二期もこのまま維持したいです。半年間よろしくお願いします。初めて受ける授業でわくわくしてます。関心を持てることが多いので、知識を自分のものにしていきたいと思います。ありがとうございました。
  118. 初めて受ける授業なので、楽しみなことが多く非常に関心を持つことができた。
  119. "書く力を大切にしていくべきだと感じた。相手に伝わりやすい文章を心がけて、適切にまとめたい。"
  120. 新型コロナウイルスという未知のウイルスに対して私はできるだけ自粛することくらいしかできない状態である。しかし、川崎市社会福祉協議会のサイトを見ることで、その中でも「今できることはある」ということが分かった。
  121. 新型コロナウィルスによって生活が困難になっている人が増えている中、このような助け合いによるプロジェクトが行われているのはとても素晴らしいことだと思いました。このボランティアが近所で行われていたら参加したいと思いました。
  122. "新型コロナウイルス感染拡大の影響で地域のコミュニティが無くなっていたり、活動の頻度が少なくなっている話を聞き、地域福祉の大きな課題だと感じたが長野県の社会福祉協議会が実施している「支援食糧」等のボランティア活動などを広げることで問題の緩和に繋がると感じた。私自身も、大学在学中に様々なボランティア活動を行おうとしていたがなかなか参加することが出来ず困っていた時期があった。しかし、その時間を資格取得に当て重度訪問介護の資格を取得したことで有意義な時間となり、更には地域の施設で介助を行えるようになった。このように、今だからできる時間の使い方や活動を見つけて福祉に携わることは今後の日本でも重視されることだと感じた。"
  123. 新型コロナが感染している世の中で、どのような取り組みをしているのか学習してみて、今回の事例などから知らなかったことを学ぶことができた。また地域の取り組みについても理解することができた。
  124. 政治や福祉の教育の話題がありましたが、私も夏季休暇中に気になっていました。自分がずれていることに気づかずに公に発信してしまうことを想像すると、他人事ではないように思えます。少しずれますが、地域福祉論的には、インターネットを使えない世代に、使い方を教える活動はもっと積極的にやってもいいように感じています。
  125. "先生のご近所にいる高齢者の話を聞いて、私の祖父母を思いました。祖父母と一緒に暮らしていたため、コロナの影響を考えて、夏休みの帰省は断念せざるを得ない状況だったため、電話で話す機会が多くなったのですが、地域で行なっていたお祭りなども中止になり、人と繋がる機会が減ってしまい、家にこもっていることが増えたと、電話の度に言っていました。人と関わる事が好きな祖父母がコロナの影響でこのような状況になってしまうと、本当に心にくるものが多くあるのだと思いました。SNSなどもやっていない高齢者は、若者である私達よりも、繋がること自体が無くなってしまい、私達よりも大変なことも沢山あるのではないかと感じました。teamsに貼っていただいた、ボランティアのページをみてこのご時世だからこそ、手紙やメッセージカードなど字で繋がることも大きな勇気や元気に繋がるのだと感じ、早速送ってみようと思いました。"
  126. "先生のご近所の高齢者夫婦の話を聞いて、自分の地元も高齢者の夫婦だけで住んでいる方がたくさんいるため、ご近所同士でコミュニケーションをとったり、若い世代が気にかけるようにしていくべきなだと感じた。また母方の祖父母も二人だけで生活をしていて大きな病気などもなく元気に過ごしているが、元気だからいいとは思わすよく気にかけていくようにしたいなと感じた。 今回の授業の中で一期の中で学んだ内容がざっくりでていたけど、休みの中で少し忘れているなと思うことがあったため、復習をしながら二期の授業の学習を進めていくようにして生きたい。またレポート課題については、前回のレポートも見返すなどして二期のレポートがより良いものになるように頑張りたい。"
  127. 川崎市の社会福祉協議会のHPを見ていて民生委員の記事があった。授業中に先生が老夫婦の話でエアコンをつけていないで生活したり、ひきこもりがちになると聞いたので福祉サービスを届けるために民生委員の重要性が高いと感じた。また、現状では外出しにくい状況であり、民生委員の重要性は更に上がると考えられる。
  128. 川崎市社会福祉協議会の地域福祉活動ヒント集を読み、今まで通りの活動をすることは難しいですが、密を避けたり、こまめな消毒・換気などの感染対策を厳重に行うことで、できる範囲でも活動を再開させることが大切であると感じました。今まで通りの生活、今まで通りの活動ができるようになる日はまだもう少し先になってしまうと思うので、人と人との繋がりや支え合いが途切れないよう、できることから少しずつ発信していくことが重要であると思います。
  129. "選挙権を持っているので、政治について積極的に知っていこうと感じた。手作りマスクやエプロンであったり、医療従事者へのメッセージ募集など誰でも簡単にできる取り組みが多い印象があった。"
  130. 前期でのレポートは具体化ということに注意していなく、どうしても抽象的になってしまったので後期では、なるべく自分の地域をもとに具体的に調べ、自身の言葉で書いていきたいと感じました。後期の授業もよろしくお願いします。
  131. 前期では、大変お世話になりました。今期での授業でもよろしくお願いいたします。自分の祖母が、日がたつにつれ元気がなくなっているのが目に見えて分かります。前よりもマイナスなことを言うことが増えてきたりしているため、それはなぜそのように変わったのか、何かの危険サインかもしれない、というように考えるようにして注意して見ていきたいと先生のお話を聞いて思いました。また、地域の人の様子も出来る限り見ていきたいと思います。長野県社会福祉協議会が行っている活動の中で私が気になった活動は、コロナウィルス対策従事者へのメッセージの募集です。従事者の方々は、毎日身を粉にして、危険と隣り合わせで働いてくださっています。そんな従事者の方々に、感謝の気持ちを伝えたいと思っている方は多いのではないかと考えます。また、この活動は誰もが参加出来るものであるため、とても良いものだと思いました。また、生活就労支援センター"まいさぽ"という活動に興味がわきました。家族に相談することが出来たら一番良いかもしれませんが、身近だからこそ心配かけたくないと思い、一人で抱え込み苦しんでいる人は大勢いると思います。そんな彼らが、自分の思いを安心して話せる場所があるということは、大きな支えになるのではないかと思います。新型コロナウイルスの終わりが見えず、ボランティア活動にも参加出来ず、大学生活、そして就活についても不安でいっぱいですが、今自分に出来ることを見つけて頑張りたいです。次回の講義もよろしくお願いします。
  132. 前期で学んだことを踏まえつつ、地域福祉課題についてより構造的に考えられるように意識しながら学んでいきたい。
  133. 前期と同様に、後期も真剣に地域福祉についての勉強をしていきたいと思います。
  134. 前期に引き続き受講するので、前期に学んだことを活かしながら地域福祉の問題について考えていきたいと思いました。
  135. 前期に引き続き地域福祉について学びのを深めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
  136. 前期に引き続き履修させていただきます。インプットしたことをアウトプットし説明ができることで初めて理解したことになると感じているため頑張っていきたいです。
  137. 前期に続いて後期も受講することになりました。前期は自分の良い点と悪い点が大きく現れたので後期はより深く追求できるように努力していきたいと感じることができました。
  138. 前期も取り今回、工期も受講させていただくことにしました。よろしくお願いします。
  139. 前期よりも知識が少しついてきたので、しっかり学んで後期ではもっと良いレポートを書けるようにしたい。
  140. "前期提出した課題で、段落分けは出来ていたと思いましたが、一マス空けるということが出来ていなかったなと思ったので、2期は書き方をしっかり見直そうと思いました。サイトから見た関心のある事例について。私が見た事例は、コロナ禍で生活に困っている大学生等の支援でのオンライン交流会である。コロナ禍で学校に通うことができない状況で、他の学生や先輩と交流する事は、繋がりを深めるだけでなく不安や疑問を共有でき、安心することが出来るのだなと考えた。"
  141. 第一期の講義は受けていなかったので、まだ地域福祉の具体的なケアプログラムや制度などはあまり他の受講生ほど理解できていないかもしれないが、これからの授業で意欲的に地域福祉を学んでいき、これからの社会生活で実践できるように努めていきたい。
  142. "第二期もよろしくお願いします。コロナ禍という状況下で、災害時や日常生活において今までできていた相談、援助などの支援活動が難しい中、その中でもできることを探したり、今ある形をより今の世の中にあった形へ変えたり、様々な手段を考えていくことが必要なのだと考えました。"
  143. 単位が大変なのでしっかり学んで単位をいただきたいです。今期よろしくお願いします。
  144. 知識だけではなく文章力もつけていきたいと思います。
  145. 地域の課題は、ただ単純なものではなく、地理、社会経済、政治、歴史、文化的など様々な要因から起こりうる問題だということが分かった。地域問題を解決するには、数多くある背景を掘り下げる必要があるだろう。
  146. 地域の課題をどのように訴えかけるか支援方法や計画等を考えられるようになりたいです。このコロナウイルス蔓延の状況下で孤立したり病んでしまったりするような人も多く存在すると思います。その中でも、距離を取りながらでもできるボランティア活動を行える環境があることはとても素晴らしいことだと思いました。
  147. "地域の課題を地域住民で共有するのは昔と今ではやり方が変わってきていると感じる。地域の情報を共有する回覧板が無くなった変わりにメールで地域の情報を発信して共有したり、SNSで地域の情報を共有している。SNSでは相手が見えない分、悩みなどを相談しやすいのではと思うので、事業の一貫として推し進めてみても良いのではと思う。"
  148. 地域の事をしっかりと理解しながら、どのように支援していくのかを学んでいきたいと思います。
  149. 地域課題を構造的に考えるために、様々な背景であったり、地域での暮らしを支える4つの主体について、もっと理解を深めていきたいです。
  150. "地域社会を基盤とした社会福祉実践の方法とそれを可能にする仕組みがよくわかりました。地域の暮らしを支える4つの主体によって支えられていることがわかりました。"
  151. 地域福祉、この授業の到達目標が分かりやすく明確に目標設定することができた。構造的に考えるというところでは、Ⅰで学んだことが書かれており、忘れている内容も多いなと感じた。復習も実習が終わったら取り組みたいと思った。
  152. 地域福祉論Ⅰでは地域のつながりがとても重要であると感じました。そのつながりをどのように作っていくのか、個々に存在するそれぞれのニーズを地域福祉でどのようにサポートで切るかを考えていきたいと思いました。
  153. 地域福祉論Ⅰで学んだことを踏まえて、地域福祉論Ⅱの⽬的である地域社会を基盤とした社会福祉実践の⽅法とそれを可能にする仕組みづくりを検討することができる力を身に着けたいと思いました。地域福祉論Ⅱの内容は地域福祉論Ⅰよりも抽象的な内容であるとのことでしたが、具体化したレポートを作成することに取り組めるように頑張りたいです。
  154. 地域福祉論Ⅰを取っていたので、地域福祉論Ⅱでは資格取得のためにきちんと地域の中にある個別のニーズを考え、様々な関係者のネットワークの中支援をしていることを理解し自分の実習や就職後に結びつけて勉強していきたいと思った。
  155. "地域福祉論Ⅱの学習プロセスや進行予定、到達目標などが知ることができた。一期の地域福祉論Ⅰに引き続き、2期もよろしくお願いします。"
  156. 地域福祉論Ⅱの目的として「地域の中にある個別ニーズを相談援助のルートにいかに載せるか」というものがあり、私はこれについて特に共感的に検討したいと思った。なぜなら、自分の祖母が祖父と二人暮らしをしていたにも関わらず、先月重度の脱水症状と低栄養状態で入院し、そのまま亡くなったからである。私は月に一度母と実家を訪れていたが祖父が軽度の認知症で祖母のお世話ができる状態ではなかったことに気付くことができなかった。今考えると、二人がSOSを出していることにもっと早く気づき祖母のニーズを地元の地域福祉課や地域包括支援センターに繋げてあげられたら、祖母の未来が違っていたのではないかと後悔する。この経験を通して改めて、この地域福祉論で学ぶことをもっと自分の知識として身に着けたいと感じた。
  157. 地域福祉論IIの目的と進み方などを理解できた。
  158. 地域福祉論の到達目標にあった、個別ニーズやその支援をいかに地域社会の課題として共有し、課題を世論等に訴え支援活動・計画・制度の創造に結び付けていくかを考えていきたいです。
  159. 地理・社会経済・政治・歴史・文化的な「背景」についてよく理解出来ました。
  160. 長野と川崎どちらもボランティアを行なっており、最近では、コロナ禍におけるボランティア活動も増やしていることが理解できた。長野では食糧支援のボランティアがあり、コロナ禍における接触を減らしつつ支援活動行うことができ、効果的だと感じることができました。
  161. 長野と川崎の社協のページを見て、どちらとも新型コロナウイルスの感染を気にして、ボランティア活動や様々な支援を止めてしまうのではなく、こういったご時世だからこそ感染拡大の対策をしながらも、支援を止めないで続けていくことの大切さなどが伝わってきました。
  162. 長野県の社会福祉協議会が「食の助け合い」として困窮家族への支援をしているということを知ったが、以前ニュース番組で都内のお店が個人的に、長野県の社会福祉協議会と同じような活動をしている話を見たことを思い出した。そこではお客さんに家にある食料を提供してもらう箱を設けていた。様々なお店で食料を提供してもらい、それを困窮者に支援するという活動があることを色々なところで目にしていたので、全国にこの活動が広まっていて良いと思った。しかし、それほど困窮家庭が増えているのだということも考えないといけないと思った。
  163. "長野県の社会福祉協議会では、困窮家庭への支援のために未開封で賞味期限が1カ月以上ある食料品や防災品を集めたり、コロナウイルス対策従事者へのメッセージや応援を書いたり、手作りの防護エプロンを作ったりしていることが分かった。私がそのような活動の中で最も印象に残ったのは、困窮家庭への支援のために食料品や防災品を集めることである。私は困窮家庭は家に引きこもることが多いが、コロナの影響で尚更家に引きこもるようになってしまうと思う。だが、食料品や防災品を集めて困窮家庭に提供することで少しでもその人やその家族に生きる糧になると感じた。また、コロナの影響で特に食料品の提供は難しくなっていると思っていたが、コロナの状態でも地域の人から集めたものを使ってそのような提供を行っていることに驚いた。"
  164. 長野県社会福祉協議会のボランティア活動を見て、新型コロナウイルスで困っている人は多くいてそれは誰もが知っていることだと感じます。それを行動に移す人がいることが素晴らしいことだと感じました。またそれに賛同することで少しでも助けになることそういった意識付けが必要だと感じました。
  165. "停電してしまいネットワークが不安定で提出の時間を守ることが出来ませんでした。申し訳ありません。後期の地域福祉論では、より地域の細かな福祉についてさらに追求して行けるよう頑張りたいと思う。そこから自分なりの考察を、根拠を示しながら考えていく力を付けたい。3年生の実習に向け、より実践的な福祉に役立てるようしっかりと学んだことを吸収していきたいと感じる。"
  166. 二期から地域福祉論をとっているので学習プロセスの理解が進んでおらず、授業についていけるか不安だが可能な限りの努力をしていきたい。
  167. 二期はさらに地域福祉が個人のニーズに対応し支援を行っているかについて理解を深めて、地元の地域福祉について知識を深められるようにしていきたいです。
  168. 二期もよろしくお願いいたします。介護の仕事をしてみて、地域での福祉の役割、意義を身をもって体感しました。その中で、さらに具体的に細かい部分、特にそれぞれの主体の「連携」部分に注目したいと考えています。
  169. "貧困に対して少しでも解決するスローガンの中で新しい考えを出したことで、産業問題や社会問題の解決を図るために、人々を軽蔑せずに支援に力を入れたことで貧困を和らげたという行いはとても素晴らしいなと感じました。セツルメントを一つ設置し、さらに変革活動をしたことでノーベル賞を受賞し専門的な基礎を築き上げたという形跡を残すためには多くの専門的な知識や技術を取り入れなくてはならないなと思いました。"
  170. 約半年間、よろしくお願い致します。
  171. 来年度に行われる実習でも日々の記録やレポートがあると聞いたので、この地域福祉論を含めた他の様々な授業を通して、質のいいものが書けるように練習していきたいです。