第7回 地域で暮らす障害当事者のお話を聞く

  1. 障害者と一言で表しても、障害の程度が異なっていたりと同じ人は一人もいないと思う。障害があることで、日常生活にも影響が出てしまうのは悪いことであると考える。そのためには、健常者であっても、障害者でも使いやすい生活空間の設計を進めていくことが重要であると考える。
  2. 3人の話を聞いて家を探すことの大変さを知りました。家を改造しなきゃいけないことも考えて選ばなくてはならないのは苦労であると思いました。野島さんの話を聞き今ある制度が昔はなかった事を当然の事ながら実感することができました。今は少し過ごしやすい世の中になったのではないかと考えます。野島さんはとても元気ある方だと見えました。サッカー観戦に若者向けのお店にも行くとのことで楽しみを見つけて生活を行えている事に勇気を貰えました。門間さんと吉田さんが話していた生まれつきの障害は学校選びから大変であることを知りました。吉田さんの成人式の話はとても辛く思いました。暮らしの中で必要なことは生まれた時からの経験や知恵で対応しているのだと思います。
  3. 今社会に必要なことは施設の増設よりも今ある店や街にバリアフリーを広げることだと考えます。高齢化社会で今よりも多く高齢者が増えるのでもっと暮らしやすいように地域からまちづくりをしていくべきだと考えます。この障害を持った人達がどれだけいるのか理解をすることが支援になると思います。全く関わりがない人でも理解してあげることができれば自分が障害を持った人と接する時に優しくなれると思います。意識の持ち方が支援になると考えます。"
  4. 吉田さんが仰っていたように、介護学校と一般の学校は隔離されているイメージがあって、私が通っていた小中学校では障がいを持った人たちは普通の教室ではなく、養護教室という特別クラスに通っていて一般の生徒と関わりがあまりなかったです。おそらくいじめられる可能性があるから分けられていたのかと今は思います。体に障害があるだけで一般の人はすぐいじめたり軽蔑したりする世の中が自分は大嫌いです。お三方のメッセージにもあったように共通の趣味で普通に盛り上がれるのだから分け隔てなく一般の人たちと同じ教室で学べるよの中になってほしいと思いました。野島さんが、自分と話すときに肩ひじ張って話すので、もっと自然に話してほしいと仰っていました。自分も気を付けているつもりだったのですが面と向かて話すとどうしてもぎこちない感じになってしまうので、これからはより自然に話せるようにしたいと思いました。今日話してくれた人たちと積極的にコミュニケーションをとって、障碍者目線での不自由な部分や、場所を改善して、全員が住みやすいバリアフリーな世の中にしていきたいです"
  5. 障害を持った方々が普段どのような生活をしているのか、小さいころから今に至るまでどのような暮らしをしてきたのかを知る機会がないので今回3人の方の暮らしの様子を聞いて一番大きな印象としては想像以上に苦労をされているんだと感じた。自分のことだけでも大変なはずだが関わる人のことを考えて感謝をしていることは本当にすごいことだと思う。社会に求められるのは障害を持っている人ともっていない人の溝や境を良い意味でなくしてお互いが暮らしやすい環境を整えること、そのために障害を持っている方に対する知識をすべての人が共有できるようにすることだと考える。
  6. 今回の話で、障害を持つ方々の今までの生活の仕方を聞いたが、生活をしている中で、様々な場面での拒否が意外と多いなと感じた。交流をしていく面では、趣味などで話が弾むとは思うが、生活面では同じようにはいかないので、バリアフリー等の設備の普及をしていかなければいけないと考える。
  7. 障害をもった方々は苦労されていることがよくわかりました。実際に介助の経験をして多くのことを学ぶのは重要なことだと感じました。映像ですが、貴重なお話が聞けたと思います。ありがとうございました。
  8. 今回の動画で障害者とそうでない人が一緒に動くことによって障害者の普段できないこと、そうでない人もできることはとても大事だとわかりました。そうすることによって助け合いに繋がりお互いに行きやすい社会になると思いました。今後はその地域でお互いの助け合いの会を開くことによって皆が参加しやすく心の中での距離がない社会を作ることができます。"
  9. 家を探すことですらバリアフリーが整っていないことが原因などの理由で困難になってしまうことは障害者にまだ優しくない世の中だなと感じた。私は高校の時に同じ校舎内に特別支援学校が併設されていて、特別支援の生徒がやっている授業を立候補して体験する機会や、体育祭や文化祭などでを通じて触れ合う機会があった。そのことを通じて動画でも言っていた通り、障害の方々と私たちは何も変わらないことを感じた。そのことから、社会に求められていることとして、少しでも困っている人がいたら手を貸したり、時間があればボランティアに参加して直接触れ合い、偏見ということを無くしていく必要があると思う。また、街中に意識的にバリアフリーを増やし、みんなが暮らしやすい社会を自分たちの手で作っていくことが大切だと感じた。
  10. わらじの会の動画を見て介助という形ではあるが、障害を持っている方と学生が楽しそうに笑っている姿を見て、これが本来の形なのだと感じました。特別扱いをするのではなく単純な友人として対等な関係を築く重要性を感じました。野島さんや門間さん、吉田さんの話では、学校に関することが出てきていてそこですでに区別されてしまっているのだと感じました。学校で友達を作れないのはとても大きく卒業後の生活にも影響してしまうのだと感じました。学校のバリアフリーを充実させることと、生活をするうえでも、物件を探すのが大変だったと聞いて、障害を持たれている方が住みやすい住居を充実させていく必要があると感じました。
  11. 普段過ごしていて、生涯を持った方の話を聞ける機会はないので、授業を通して聞くことが出来て良かった。駅には階段しかなく、毎回駅員さんや周りの人に手伝ってもらい上り下りしていたという話は、今の駅を想像しながら話を聞くと、バリアフリーなども完璧までは行かなくても少しずつ時代と共に進んでいっているんだな。と感じた。まだ足りない所も多く残っていると思うが、建築を学ぶ身として関わっていく建築物を通して私も貢献していいきたい。
  12. 一般社会から離され別々にされていることもあり、触れる機会がなく健常者の障害者への理解が全く足りていない。その為、介助のボランティアなどの募集も、とても目に入りにくい。もっと様々な人の目に留まりやすく始めやすくなるよう支援者の支援を行う機能やシステムが必要ではないだろうか。手助け障害者や高齢者なども含めた支援が必要な方達を介助する土台を市や県が作り、別々ではなく一体となって考えていくことが、これからの社会ではもっと重要視されるべきどと思う。
  13. 生活・介助の紹介動画では、将来の職業を見据えて経験を積まれている学生の諸先輩方に負けないように自身も建築的観点から技術と知識で貢献できるよう勉強をより一層努力せねばならないと感じました。野島さんの話では、学生の生活支援の重要性と、その中で得られる日常の提供は国の機関では出来ないことなのだなと感じました。門間さんの話では、生まれつきの障害の影響でバリアフリー対策がなされていないなどの理由で普通の学校に通えなかったという事に衝撃を受けました。その為、私が通った小学校のように、元からユニバーサルデザインで作られていて子供が減ったら老人ホームに転用出来るように作られていくスタイルが当たり前になるよう建築業界と行政が協力していく必要があると考えました。吉田さんの話では、既存の養護学校や特別支援学校の体制の枠組みの中では地域との関係性から隔絶されてしまう問題がある事を聞き、地域に自分を知る同年代がいないという事実がどれだけ重いか慮ると想像を絶する事実であると感じました。それらを是正する為に、共に同じカリキュラムをこなすのは無理でも何からの形で触れ合いの場を設けるべきであると考えました。加えて、建築図面の納期厳守が意味するものが別業種の納期とは一線を画するものである事は建築科である私も強く共感するものがあり、健常者の私でも課題納期に追われ、頭がおかしくなりそうになる時もあるにも関わらず、努力で乗り越えられた吉田さんには尊敬の念が絶えないと感じました。3人からみなさんへのメッセージでは、現場が常に若い実働戦力や、介助だけでない友人感覚で楽しめる人々を欲している事を学べました。最後に、私自身も建築の学びの途上にあるものとして現場に出る前に、福祉に関する知識も多く学んでおきたいと考えました。
  14. 介助と聞くと、免許が必要そう・大変そう・わからないことだらけで不安だと思っていました。今回の動画で、友達の手伝いをするように、また楽しんでいる感じがしました。最後の動画で、「障害者」ではなく「普通の人が車いすに乗っていて、少しできないことがあるだけだ」とおっしゃっていて印象に残りました。
  15. 身体に不自由があっても、不自由ない人のようにやりたいことは同じだということ。それを尊重できる環境が大切だと感じた。健康な人と障害を持つ人の境目はないからこそ、だれでも挑戦できる社会にしていきたい。
  16. 要介護者の方々が必要としているのは、必要な分の介護を受けながらの普通の生活であるということが分かった。普通の生活と一言で言っても、健常者と要介護者では考え方は違うと思うし、そもそも健常者同士、要介護者同士でも個人によって全く異なると思う。そういった細かいニーズに応えやすいのが学生団体や地域の団体であると思う。少し興味を持ったし、自分の持っている資格も活かせそうなので、情勢が落ち着いたら自分も参加を考えたいと思った。
  17. 野島さんの話で、電動車椅子の給付申請を断られたと聞いて驚いた。日常生活で不自由しているからこそ、本人が希望することを最大限叶えようという姿勢が障害のある人と接する人間には必要だと思う。「若いから」、「筋肉が衰えるから」というのは親切心から出た言葉だと思うが、健常者の視点から見た話であって、障害のある人の視点ではない。一方的な善意の押し付けにならないよう、障害のある人の視点に立って接することが社会に求められると私は考える。
  18. 障害があり、体の動きに難があるとはいえ、大多数の障害者は健常者と同じように物事について行動しているのだと話を聞いて感じた。彼らとの接し方について、そういったことをこれまであまり深くは考えてこなかったかもしれないので今一度自分を見つめなおすべきだと思う。
  19. 野島さんの動画を見て、障害のある人は一緒に遊んだり、ともに時間を過ごす人が欲しいんだなと感じた。少しでも障がい者向けのサービスに携わる人を増やすために、今回の授業で見たような動画がもっと世に普及して、人目に付く機会が増えていけば、もっと一般的なものとして人々の意識になっていき、携わる人も増えるのではないかと思う。
  20.  動画にもありましたが、障がいについて、○○型や、○○タイプの様にまとめられることがあり、実際他の授業や話などで、このタイプの人はこんな感じといわれることもありました。でも実際は、僕らと同じように人それぞれの個性や多様性があり、○○型などでひとくくりにはできないことを動画から学びました。様々な人が暮らしている社会なので、人と人が手を取り合って助け合えるような環境になればいいと願います。
  21. お三方のお話を聞いた感想として、「それぞれの方が理解の無い人や社会からのバリアを感じて、自らなんらかのアクションを起こしていらっしゃるな」と感じたし、「障害だから健常者と同じような事が出来ないという社会はおかしい」と社会への不信感も感じた。吉田さんの言われていたように「養護学校等によって障がい者と健常者が隔離されてしまって、関わる機会が無くどうしたらいいのか対応に困ってしまう」という事が的を得ていると思っていて、私の小学校では特別支援学級と普通学級があって授業によっては障がいのある子と一緒に過ごしたりする事があったが自分から積極的に喋ったり遊んだりはしなかったというのもあって関わり方がその当時はよく分かっていなかった。また、中学校ではバリアフリーになっていないし校外は坂に囲まれた?ところでしたが、1人先天性の病気で電動車椅子を使っている子が私たちと同じように授業を受けていました。私は同じクラスではありませんでしたが、移動教室などで階段を乗り降りするときにその子の周りの子が協力して持ち上げているのを思い出した。今思えば「そういった行動こそ周りにいる人達に良い影響を与えている」と感じたし、「障がい者という事が身近な存在になったりするし障がい者だからといって特別支援学校等に行かなきゃいけないという事は無いと思うし、私達と同じように授業を受けたいとか働きたい(欲)があってもいいはずで地域の学校に行くか選ぶのはその人の自由だよな」と思った。
  22. 私はケア体験実習という授業で特別養護老人ホームに行って高齢者の方とのコミュニケーションの取り方を学んだり、協働デザインの手法という授業では軽度の重症心身障害の子ども達がいる施設見学をした経験があります。そう言った施設に行く前にはどう接したらいいのか分からなかったりして不安や間違った知識・偏見がありましたが、実際行ってみて体験してみると「軽度の重症心身障害の子ども達も障害という言葉が肩書き?に付いてるけど普通の子ども達と変わらないし普通の学童のような感じだった」「特養老人ホームに行くまで自分は人見知りで喋る事が苦手だと思っていたけど、私って打ち解けるまで少し時間がかかるだけで普通に話せる…!」という印象が強かった。わらじの会にも興味も持ちましたが、私が住んでいる横浜でそう言った活動をなされているところへボランティア活動したいと感じた。また、「偏見を持っている人や関わりが無い人こそ口だけでアクションを起こしてないと思うので実際に自分からアクションを起こしてみる事が重要なのでは?」と感じた。
  23. 今回この3人の方々の話を聞いて自分たちと考え方が同じでも体が不自由というだけで全く違う(不便)な生活をしているのだと知って少し心が痛くなった.吉田さんがおっしゃっていたように日本には障害を持った人たちが安心して生活できる家などが少ないと思うので今後、障害を持つ人たちが安心して生活できる社会を作っていく必要があると思う"
  24. 他人から進められてではなく自分から進んで施設に入ろうとしたことに本人と周りで意識に違いがあると感じた。たとえ本人にとってためになるといってもその本人が求めているものが手に入らないことがあると聞き支援する側とされる側で意見を合わせるべきだと感じた"
  25. 障害によって挙動に健常者と異なる点があったとしても、考えていることや物の感じ方はあまり大差がないことが多いのだなと思った。また、彼らが住む家は特に障害者が住みやすいように設計されているわけじゃない場合もあることには少し驚いた。ただ資金の問題もあり、そう簡単に住み替えることもできないとなれば仕方のないことなのだろう。ともかく、このインタビューを通して彼らのような人と接するときに、それがより良いものになればいいなと思う。
  26. 野島さんのお話から,本来は引っ込み思案な性格だったが自分でこれでは駄目だと気付き直したことで,ここまでやりたい活動に対して動ける方になれたんだなと感じました.現在は障害を持った方でも暮らしやすい環境をつくる社会になっていますが,ひと昔前は決して当たり前のことではなく,苦い思いをしてきた方々がたくさんいただろうなと考えさせられました.野島さんは自分がしたいことのために動いてきたとありましたが,その行動は門間さんや吉田さんをはじめ,たくさんの人を救うことに繋がったと思います.
  27. 吉田さんが動画の中で,障害を持っていても持っていなくても変わらないことをわかってほしいと伝えていました.私の通っていた小学校や中学校は障害を持った方もクラスの所属ではあるけど,別の教室に通っていて学校生活を送っていたことを思い出しました.そのため,クラスメイトという感じはせず,特に話をすることもなかったです.私はもう成人式を終えていますが,障害を持っていたクラスメイトは来ていたのかもわかりません.野島さんのような勇気ある方々のおかげで,現代は障害にも理解のある社会になったとは感じますが,まだまだ障害を持った人と持っていない人の間には壁があるように思ってしまいました.その壁は私の通っていた学校のように,障害を持っている人と持っていない人が幼少期から別れて生活しているためだとは思います.しかし五体満足な人と比べてしまうと,障害を持っている方が出来ないことはどうしても出てくるので,分けることをやめる事が正しいとは私は思えませんでした.そのため,固定概念が形成される前の幼少の頃から障害を持っている方と触れる機会を作ることで,偏見の目は少なくなるだろうと考えました.
  28. まず冒頭で野島さんの趣味や、好きな事をとても楽しそうに感情を露わにして話していてこっちまで自然と笑顔になれました。バニーガールのところとか特に笑顔になってしまいました。20代の頃の生活する上での苦悩や、生活保護を貰うための努力、親御さんとの意見のぶつかり合いなど、本当に沢山の大きな壁を自らが積極的に行動して乗り切ってきた過去のお話を聞いて、とても素晴らしく、強いお方だととても思いました。
  29. 門間さんには、介助の方とのぶつかり合いはやはりどんな方でもあるんだなと思いました。ですが去年の1月から一人暮らしを始めたというとこで、自分には想像もつかないような苦労があるだろうけどそれをこなして生活をしていて尊敬しました。
  30. 吉田さんのリハビリセンター後のお話で、3年ですが、足並みを揃えてお仕事をしていたということを聞き、とてもすごいと思いました。あとやはり皆さん言うのはわらじの会の出会いが本当に素晴らしい出会いだったんだなと思いました。地元や地域の友達の存在がとても大切なんだなと実感し、そんな存在に自分がなれたらなと思いました。やはり障害を持っている方々への社会の風当たりが今でも強いんだなと思いました。なので今後の社会で求められることとして、まず第1に障害を持っている方々への偏見を一切無くすことが本当に大切だと考えます。吉田さんがおっしゃっていたように、なんら変わりは無いのだからひとりの人間として何ら変わりないように接していかなければならないと思います。そして1人でも多く、介助や支援など興味だけでも持つことが大切だと思いました。
  31. 今回の授業で障害者の声を直接聞いて、自由に生きるにはまだまだバリアが多いことを学びました。特に三人に共通して立ちはだかるバリアは一人暮らしをするための物件探しと障害者を受け入れてくれる学校探しです。私が入学した小学校~高校までは玄関にスロープがありましたが、2階や3階に昇り降りするための昇降機はありませんでした。そう言ったこともあり、学校におけるバリアフリーはまだまだ浸透していないのだと痛感しました。今後、社会で求められることは誰もが暮らしやすい街づくりと誰もが平等なんだといった考え方だと思います。野島さんのお話を聞いて両親とのやり取りや市役所の対応などを見て少し寂しい気持ちになりました。自分だったら障害者に対してどのような対応が取れるのか、社会は障害者に対してどのように気持ちを抱いているのか深く考えさせれる授業でした。
  32. 動画を見て、改めてこの世の中は障害をもっている方にとって生活しにくいと感じました。好きで障害をもって生まれたわけではないので、周りの人が気を使うことをしないといけないと思いました。会社も身体が不自由なのを理解しているはずなのでそこは考慮していかないとと思いました。
  33. 私の身内にも耳が聞こえない人がいて、障害があるということはどれほど苦労するのかが良くわかる。その人はうまく相手に伝えるということが困難だが、ずっと話をしているうちに口の動きで伝えようとしている内容を理解できてくるので、今回の授業でコメントをくださった皆さんの話の内容も話を聞いているうちにしっかり理解できたし、サークルの皆さんとともに楽しく過ごしてほしいと感じた。今は課題で忙しく実際にわらじの会の活動には参加できないがいつかこのわらじの会や他の障碍者施設の活動に参加できたらよいと考えた。"
  34.  今回の講義では実際に障害を持っている方々のお話を聞くことが出来ました。野島さん、門間さん、吉田さんのそれぞれのお話が、とても心に響きました。生まれたときから障害があり、つらいことがたくさんあったと思います。しかし、自分のやりたいことを見つけて、必死に生きようとしている姿がとても美しいなと思いました。私は大学で建築を学び、将来設計士になりたいと思っています。そのため建物を設計する際に、バリアフリーを考えて設計しようと感じました。どんな人でも快適に生活ができる社会になればいいなと心の底から思いました。
  35. 私たちの周りには障害者という人たちがたくさんいて、私たちの助けを必要としているというのは理解していたつもりだったが、自分には難しいのでは無いか、身内が健全者のみの自分には無縁の存在なのでは無いかと思っていた。しかし、この動画を見て感じたのは、自分にもなにも難しいことではなく、障害者という人たちを身近に感じて理解を深めるだけでも自分ができることなのでは無いかと感じた。その上、一番感じたのは、障害者と呼ばれる人たちは、助けを求めているのではなく、健全者と同様に自分たちの生活を我々と一緒に楽しみたいと強く願っていると感じた。皆さんの笑顔がとても素晴らしくて、我々の笑顔よりも明るく希望に満ち溢れていた。我々が今後できるのは直接的な介助もそうだが、より多くの人々に障害者の現状と希望を知ってもらうことだと思った。
  36. まず今回の動画を見て、自分が障害者になった時のことについて考えた場合、障害者の活動の幅が狭すぎると感じました。私も、いつ事故などを起こし、介護が必要な人間になるかもわかりません。そうなった場合、もっと活動できるようにして欲しいと思いました。ですが、正常な人間に無理やり介護をしてくれといったところで、それもそれですごく心苦しいと思います。今までの動画もそうですが、今回の動画も介護してあげたいという気持ちになります。今の社会に必要なものは、もっと世の中にいる人間が障害者に対して真剣に向き合うべきだなと思いました。なのでそのためにも、ニュースやネットなどで障害者の生の声を世の中にもっと届けるべきだと私は考えます。
  37. お三方の話を聞き生きていることが生活できているというわけではないことを感じました一人で生きることができても自由に楽しむことができない、だからその助けを周りの人で行わなくてはと感じた。ただ生活の手助けをするだけでなく会話し笑えるような環境を作る必要があると感じた。
  38. 今回の授業を通して、障害のある方々の考え方をわかることができました、やはりこっちから恥ずかしいと思わず、積極的に接してみるのが非常に大事だっと思っています。
  39. 今回の講義は野島さん、門間さん、吉田さんの話を聞き、実際に障害を持った人がどのように暮らしてきたのか、また、生きていく中で抱えた困難を解決したのか、3人それぞれの話を聞いた。正直心が痛くなった話が多く、聞いていることも辛かった。だが、皆さん、周りの人達から支えられて、乗り越えてきた。やはり人を助けることが出来るのは人であり、繋がりが大切だと改めて気付くことができたいい機会だった。
  40. 動画を見て,障害があるということで一般の学校への進学を受け入れられないや一人暮らしをするにしてもその大家さんにも受け入れてもらわないと住めないという話を聞いてやはり難しいということがわかりました.一番の問題としては足が不自由になってしまうとどうしても車椅子か人の力を借りるしかないのだと思う.それなその学校や家を改造して車椅子でも生活できるようにするしかないと思う.だがやはりどうしてそれは難しいと思う.学校で私立ならまだエレベーターを作ればなんとかなると思うが,公立に関しては難しいと思う.社会に求められることは学校では一般人との共同生活,家なら障害の人でも生活できるアパートをたくさん作ることだと思う.
  41. 3人の話を聞いて、体が不自由であってもみなさんハングリー精神に溢れていて自分で自分の人生をよりよくしようと頑張っているんだということがよくわかりました。自分達の出来る限りのことはやると言う姿にも感動しました。もっと、健常者と障害者の人が共存しやすい環境を作り上げていくことが必要だと思いました。私は、自分の専門の建築分野で出来ることを探そうと思います。
  42. 動画を見た感想として、障がいを持つ方々は悩みや課題を各々が持っていて、それを改善しようと毎日ひたむきに生活していると感じた。自分は、何か一つだめだと「ああ、いやだ」となってしまうが、動画に出ていた方々はそうではなく、ここがだめだからこうしようと行動していた。社会を全体的に良くしよう、みんなが生活しやすいようにと考えていることが分かった。望んで障がいを持った人はいないということから、周りの人が障がいについて少しでも理解を深めることが支援としての第一歩につながるのではないかと考える。それを踏まえて、駅にはエレベーターを付けるように、公共施設を一部の人にとっての使いやすいではなく、みんなが使いやすい状態に持っていくことが求められているとわかった。自分が使えるから他人も使えると考えるのではなく、設備として問題はないかいま一度確認をすることが大切だと感じた。バリアフリーが重要視されている今、自分も周囲に気を使いながら学校生活や買い物等生活を送りたい。
  43. インタビューを受けてくださったどの方々も障害があっても、それに負けない”働きたい”という強い意志を持っていて、実際に働いていた・現在も活躍しているお話を聞くことができて大変感心を抱きました。個人的には、NPO法人かがし座理事長の吉田さんが、職能訓練でパソコンに触れたことをきっかけに、プログラマーからCAD・製図の勉強を始めて、図面をトレースする仕事に携わっていたことに驚きました。障害のある人と聞くとどうしてもマイナスなイメージ(偏見)を抱いてしまいますが、今回のインタビューで自分の偏見がかなり払拭されたと思います。その人たちは障害という切っても切れないものを持ち、生活するうえで誰かの介助が必要になる場面がありますが、そのほかは普通の人たちと何ら変わらない、同じ”ひと”なのだということを動画を通して実感できました。またこの事実がもっと世間に浸透するべきだと思いました。
  44. 教育問題について、障害のある人と普通の人とを完全に分けてしまうと、障害のある人たちは制限された環境で生活するため、普通の人となかなかうまく接することができない、周りに知り合いがあまりできないということを知りました。でもだからといって障害のある人全員を普通の人たちの環境で、というのも極端であって各家庭の事情もあるはずです。障害を持つ人と普通の人が良い具合に混ざり合って共に活動できることが最良だと思います。それこそ前回の授業で挙げられた「社会的排除・社会的包摂と障害福祉の考え方」で包摂的な社会になることがベストであることを思い出しました。また今回の授業ように障害を持つ人たちのお話を聞いたり、実際に介助を体験したりと、自ら介助の世界をのぞいてみるこで、今まで知らなかった一面を見ることができたり、障害を持っている人も自分たちとは何ら変わらないことに気づくことできる、つまり偏見をなくすことができると思います。
  45. 今回は実際に障害を持っている方々からお話を聞かせてもらった。障害を持っているにもかかわらず、真っ直ぐとした志で生活していることがひしひしと伝わった。自分の工業の分野でも障害者の方々に何か貢献できないかを模索して行きたい、障害を持っている方も介助をしている方も楽しそうだったのが印象に残った。積極的に助けて、安心して生活できるような世の中にしていくことが障害がある方々への支援になるのではないかと考えた。
  46. 私は障害者から目を逸らしてしまう人間だ。原因は高校生の時に知的障害者の男性から自転車で追い回されたり、物を盗まれたりしたからである。だからと言って障害者全てを憎むなど、したくはないが、目を逸らしてしまう事は言ってはいけないのだろうといつも考える。憎むなど以ての外なのだろう。例えば自分が通り魔に会ってそれが男性だったり、白人だったり、年配の女性だったりしたのなら、それに似た人を恨んでしまっても仕方ない事なのだとそう思うのだが、やはり障害者を突き放す言葉はいけないのでしょう。そう言ってはいけないのだろう。生活・介助の紹介では近場ということで動画に知り合いが登場していてまず驚いたが、身近なものになっていると感じた。野島さん、門間さん、吉田さんの普段の生活は想像ができないだが、コミュニケーションは命綱のようなものだと考えるようになった。
  47. 3人のお話を伺って,確かに生活するには他者の支援は必要だが,ジャニーズやバニーガールが好きだったり,手芸が好きだったり,仕事ができて良かったなど感性は障害がない人と何ら変わらないように感じた.動画の学生さんも「特別な感じではなかった」と述べているように,特別視しすぎているのかもしれない.また,話を伺ってやはり排他的な生活を強いられるのだと感じた.門間さんの始めは介助の人とトラブルが生じた話や「知らなかったコミュニケーションツールを知ることが出来た」とのボランティアの人の発言から,流暢な意思疎通ができるまでは一時の困難を要するのだと考えられる. 普段から触れ合っていなかったためだと思われる.私が通っていた小学校では,障害をもっている子どもともっていない子どもが給食や掃除の時間など一緒に物事に取り組む機会があった.動画でも述べられていたが,子どものころから触れ合い,存在が当たり前になれば大人になっても特別視することが減るだろう.小学校など小さい時からふれあいの機会を設ける,または増やせば,支援する側もさせる側も将来,より快適に過ごせると私は考える.また,この触れ合いは他者を受け入れる心の成長にもつながると思える.
  48. 自分が当たり前にできることが出来ないのが特別視する感覚を持つ要因の一つだと考えられる.ならば,一人で行動するのを支援する器具の進歩や触れ合う機会を増やしハンディがある人との生活が当たり前だと思える社会づくりが求めらるのではないかと私は考える.

第6回 障害のある人々の暮らしと社会福祉の役割①

  1. 日本は障害者専用のスペースとして設けられているが、海外では全ての人々が使いやすいようにと広めに設計されていることについて日本との考え方の違いについて認識が必要だと考えた。
  2. 障害者という言葉には時に差別用語として捉えられてしまうことがあります、それは今までもこれからも変わらない事だと私は思います、しかしそれはその人たちにとって邪魔な言葉でしかなく自分たちと何ら変わらない人だと思います。時に助けを必要とするのは障害者なのだけではなく自分ら普通の人間もそうするので、道徳などの授業でもっと人助けについて教えてあげるなどをすれば、国の守りなどを作る必要はないと思いました。そして今回の授業で彼らが日々の生活でどう思ってるかを知れて良かったです。"
  3. 障害者は時に差別用語として捉えられてしまうことがあります、しかし彼らにとってはそれは必要のない言葉のときがあります、何故ならば彼らにも1人で生きていける、生きていきたいと思う心があるからです(そのなかで自分と違うから)などと一線を置かれると彼らの行きやすさは減ってしまうのかと思います。助けを必要とするのは自分たちもおなじなので学校などの道徳の授業で人助けの内容を増やすと、国で守りを作る必要も減るのかと思いました。今回の動画は分かりやすくとても、国ではどういうとこをしているかもわかり為になりました。映画などはめったに教えて貰えないので、見てみたいと思いました。
  4. 障害を持った人と関わる環境になかった為これまで障害について考える機会がありませんでした。障害を持った人が身近に存在していたならもっと感情移入できるのだと思います。社会的に排除されるといった障害を持つ人達は社会に馴染めなかった、または能力が足りてなかったのだと思いました。他人と自分は違うという意識が強く存在が浮いてしまっているのだと考えられます。それは周りの人の理解が足りてないのも原因の一つです。この授業を受けて様々な動画を視聴したことで私は前より身体障害者という存在を現実と意識することができました。どこか自分に関係がないからといって見えないふりをしてきたような気がします。これから生活を送る中で現在の社会の環境を把握しながらいざという時に知識を活かせるようにしたいです。
  5. 障害を持つ方々への今までの接し方を振り返ると、自分の中では積極的にかかわろうとしてはいたが、今回の参考動画を見てみると、逆に恐怖心を与えていることもあったのだなと反省する点も見えてきた。コミュニケーションをとっていく場合には、もっと考えなければいけないなと感じた。
  6. 参考動画を見て、自閉症の人達が見ている感じている世界と私が普段見たり感じていることとは大きく違うなと感じました。また、聴覚や視覚に障害がある方々にとって様々な支援(補助サービス的なもの)はあるものの日常生活での不便さはまだ多くあると感じました。視覚障害の方がなんとなくそこに壁があって、交差点があって、がわかるといっていましたが目的地までどうやってたどり着いているのかと疑問に思いました。
  7. 今日の講義の中で、日本の精神病床数は他国に比べて圧倒的に多いということが出てきたが、先日「障がい者は社会的立場が弱いもの」という認識を持っているのは日本だけという記事を読んだことがあり、それが本当かどうかはわからなかったが、それも関係して病床数が多くなっているのかなと感じた。
  8. 障害のない人が何気なくやっていることが難しかったりできなかったりすることを傷害のない人間は理解して手を差し伸べているきなっているだけなのかもしれないと感じた。実際にそのような取り組みをしている人は少ないと思う。改めて障害を持っている方が過ごしやすい環境は障害を持っていない人も暮らしやすいということを認識すべきと感じた。
  9. 自閉症スペクトラム障害の子供の世界観の動画では、健常者にとっては当たり前の日常が狂気的で脅迫的に感じてしまう事を理解出来ました。
    厚生労働省 地域生活を送る精神障害者を知ろうの動画では、精神障害を持つ方々向けの就労支援施設がある事を初めて知りました、その中で社会貢献の機会を与えれるのは人として生きていく上でとても大事な事であると感じました。
    映画インディペンデントリビングの動画では、ただ法制度の枠組みから障害者の方々を守るだけでは色のない人生になってしまうことを知ることが出来ました。
    車椅子ユーザーの大学生の動画では、建築によるユニバーサルデザインへの理解が進むことが、すべての人が住みやすい環境作りを推し進める上で重要である事を再認識しました。
    視覚障害のある方々にとっての空間の動画では、ある一定の大きさで耳より上であれば、ある程度の壁や道路の位置を把握できることを知り驚きました。しかし、その一方で放置自転車のようなマナーさえ守ればぶつからずに済む問題は見ていて心が痛くなりました。法制度による厳罰化を推進すべきであるとも感じました。
    聴覚障害のある人にとっての音声情報の動画では、光と振動によって起こしてくれる目覚ましがあるなど暮らしやすさの向上は見られていることは喜ばしく感じましたが、鉄道の扉開閉や緊急時の情報提供が音声だけなど、まだまだ改善すべき課題があることを健常者では気付くことができない点が多々ある事を再認識することができました。
    最後に授業動画では、自閉症では知的障害を伴わない場合もある事は初めて知りました。しかし、これらも私自身もICIDHの考えのようなマイナスばかりに目を向けてしまう考え方を心の何処かに持っているからではないかと考えました。その為、マイナスばかりに目を向けずに何が出来るのか、どうやったら不利益を打開させていく事が出来るのかなどプラスの面に目を向けて考えていきたいと感じました。その上で、ふつうの生活を過ごす為のノーマライゼーションの概念が世の中に浸透していく事が精神的健康を維持するためにも重要であると学ぶ事ができました。"
  10. 統合失調症については健康心理学の授業で扱ったので理解があった。障害をもった人は身近にいると感じる。同じマンションの住人や公共交通機関の利用時などにたくさん見かける。障害をもった人が可能な限り普通の生活を送るというのはとても大切であると思う。
  11. 今回は障害者についての講義でしたが、私自身は視覚障害者や知的障害者など障害者について名称や少ししか知らなかったため、今回の講義を聞き、障害者のことについて知っていかなければならないと感じました。ノーマライゼーションのように、障害を持っている人々を腫れ物のように扱うのではなく、何を工夫したら普通に暮らせるのかというようにプラスに考えていかなければけないないと感じました。
  12. 高齢者福祉と障がい者福祉では取り扱い方に差があることを感じた。障がい者福祉は社会復帰や自立を目標としているような考え方が多くポジティブな印象に感じた。高齢者は将来の自分として身近に感じることができるが障がい者は別の人と感じる人が多いのだろうと思った。
  13. 障害の人が暮らしやすい社会は誰もが暮らしやすい社会という言葉が出てきたがその通りだと思った。ビデオにも出てきたように日々の暮らしの中で障害を持っていない人は当たり前のように生活できることが障害をの人は毎日神経を使って暮らすことが当たり前になっており、大変だなと感じた。電車の利用の際も障害を持っていない人からしたら分かりやすいことも一苦労していることを知った。だからこそ周りにいる人が少しでも手を差し伸べている光景が当たり前の社会になっていくと誰もが暮らしやすい社会になるのかなと感じた。
  14. 今回の授業で、健常者と障がい者のどちらもが、社会生活を営む人々みんなが暮らしやすい環境づくりがいかに大切であるかが分かった。就労支援などの社会的支援はもちろん、安全な街づくりに至るまで、誰もが安心して自分らしく生きられるような社会を作ることが大切であるということを再認識した。そして社会的支援はともかく、街づくりに関しては自分も将来仕事として携わることになる可能性がある。盲者にとってなくてはならない存在である点字ブロックが、車椅子ユーザーにとっては障害になるという話を聞いたことがある。土地の狭い日本では難しい部分もあるかもしれないけれど、できるだけ多くの人にとって使いやすい施設や街並みを計画できればと思う。それを関東の都会のみにおさめず、田舎地域にも発展させていく必要があると思った。
    また、私は幼少のころから障がいを持つ人と関わる機会が多かった。小学生の頃は、別に私は面倒見の良いタイプでもたまたま席が近かったというわけでもないのに、何故か特別支援学級の担任の先生直々に、支援級の子が普通教室に来た時に一緒に行動するよう頼まれた。そしてそれは中学に至るまで続き、更に中学校の支援級の後輩に何故か好かれ、登下校を共にしたりもした。さそれが原因であるかは不明だけれど、私は今でも「障がい」が何であるかはよくわかっていない。支援級だったかつての級友も後輩も、こちらがゆっくりと単純な言葉を選んでいれば会話はできたし、受け答えは曖昧だったりゆっくりだったりするけれど、多少不自然なだけでイライラするほどではなかったと記憶している。何故そういう人たちが虐げられていた過去が存在するのか、私には理解しかねる。実際に、支援級の子と仲良くしているという理由でやっかみに遭ったこともあるので、理解はできずともなんとなくの理由は分かっているつもりだけれど。
    この話を都会の友人に話すと大抵驚かれる。そもそも支援級が無かったり、支援級の子は普通学級に所属していなかったといったようなこと聞いた。自分が障害を持つ人たちのことを理解しているだなんてとても言えたものではないけれど、それでもその友人たちと私との間には明確な違いがあって、それは幼少の頃から色々な人たちと関わってきたことによる意識の差であると私は思っている。今回の授業と自分自身の実体験を通して、もしかしたら社会的支援や町づくり云々の前に、まずは社会全体の意識改革が最優先されるべきであるのかもしれないと思った。"
  15. 今回の授業を受けて、ノーマライゼーションの考え方が定着するまでは「普通ではない人=異常・排除すべき対象」として見られていたが、ノーマライゼーションの考え方が定着してからは「共存していく対象、障害も個性」といったような考え方に変わっていって様子を学ぶ事が出来た。「社会包摂になるような社会になる=もし何かのきっかけで障害を持ったとしたときに排除されない社会とする、という事と同じ事だな」と感じたし、「私たち健常者が思っている普通という概念・世界に当てはまる人だけを閉じこめてしまうのではなく、多様な価値観・個性などを殺さない・その人らしさを大事にする事が重要であり、障害の事や障害者を許容する(受け入れる事が出来る)だけの人の器の大きさや懐の深さを一人ひとりが持ち合わせてないといけないのでは?」と感じた。また、「○○という障害があるから働けない(電車に乗って会社に来れないとダメなど)という人が一人でも出てしまう社会ではダメだな」と思うし、「障害のある人・精神疾患がある人などが落ち着ける・好きな場所(環境)で働けるような場所(環境)づくりが大切だ」と感じた。
  16. 視覚障害者の方は聴覚が優れていると聞いたことはあったが、実際に映像で見たのは初めてで想像以上に周囲を把握できていて驚いた。
  17. 世界には様々な障害を持った方々がいて、今の世の中がこういった方たちにとって生きやすい環境ではない。障害を持った方々が暮らしやすい世の中にしていくために一人一人がある程度障害というのを理解していかなければならないと感じた。
  18. 普段私たちが日常を過ごしていて、障害を持っている方を目にすることは少なく感じる。それはおそらく障害を持っている方とは、同じ「移動」でも道の形状や施設の通路などの移動スペースに問題や原因があり、行動の仕方が違ったりしているのではないかと、ずっと思っていた。今回の授業を受け、確かにそれらの原因もあるとは思ったが、何より私たちが障害を持っている方達に知らない間に壁を作り、意識を向けていなかったのも大きな要素ではないかと思った。私は普段からどのような人にも、同じように接するように心掛けてはいるが、やはり意識がまだ足らなかったように感じた。
  19. 現代社会において障害がある方が少なくはないと感じました、私たちは障害ある方々を問題としてとるのではなくて、高齢者と同じ,助けが必要な一般人として考えた方がよいと思っています。今回の授業で一言で障害といっても機能障害や形態障害、能力障害といろいろ分類わけがあると知った.
  20. 日本では、バリアフリーなどの体に不自由があっても活動に制限が無いようにされてはいますが、まだまだ障がいのある方の扱いがひどいことがあります。海外では障がいのある方をギフテット、神の贈り物として制限のないことが多くなっています。日本もそうなってほしいと願います。
  21. 障害を持ってる方々だって一人の人間です。ですがそれをICIDHでは「社会的不利」といった括りでまとめられてしまっていたのは心が痛かったです。ですがICFモデル及びノーマライゼーションの定義で考え方や捉え方の視点が変わり、世界が健康に関する平等に向けて動き出しているのでこれがもっともっと日本でも広まれば良いなと思いました。
  22. 社会的統合と社会的包摂に関してで、統合は一見低いような壁でもそれは確かな壁であり、障害がない方々とある方々ではきっと高さの見え方は大きく違うのだろうなと思いました。そしてそれを無くす包摂を目指すためにもどう環境を変えていくのかが一番大切だととても実感しました。バリアフリーなどがその先駆けなのかなとも考えさせられました。
  23. 障害のある方々のニーズに目を向けると、私が今からでも何ができるかと考えた時、コミュニケーション・スキルや社会生活技能にあたる部分なのかなと思いました。今後障害のある方と出会う機会があった時、私自身に専門的な知識は正直あまりありません。ですが、友達として一緒にお出かけをしたりスポーツやレクリエーションに参加して思いっきり楽しむ事はできます。なので私ができる事はどんな些細なことでも全力でしていきたいです。"
  24. 今回の社会福祉概論は障害を持った人、持たない人ともに不自由なく暮らすこと、ノーマライゼーションについて学んだ。私は今回の授業外でも障がい者と健常者の違いについて考えあたことがたまにある。電車の中で騒ぐ障がいをもったひと、道中で変な動きをして他の人の歩行を邪魔する障がいを持った人。いや、正確には障がい者かはわからないがそのような雰囲気を感じ取った人を町中でたまに見かけることがある。ただ共通して言えることは周りに迷惑をかけていること。これらのことを障がいを持っている人だから仕方ない、ほっておこう、何もしないでおこうと思う人は多い。ならば、障がいを持っているからといって周りに迷惑をかける行為を見逃し、そのままにしておくことはノーマライゼーションか。正直自分でも極論だとは思うが、障がい者が生きやすい社会は健常者も生きやすい。この点に対しては問題ないと思うが、私があげた問題点はどうなのだろうか。先ほども述べたが極論だとは思う、失礼なことを記述したことを謝罪します。
  25. 自分にとって障がいのある方とは小さいころから合わせてもそれほど関わりのあるような人がいなかった。講義中にあった、これがまだ包摂されていないということなのかと実感できた。決めつけるのはよくないが、障がいを持つ方もそうでない人も個人の考え方があり、手助けしてほしいという考え方、普通に接してほしいという考え方、逆に手助けしたいという様々な考え方があるのかなと疑問に思った。自分は建築を学んでいることもあり、障がいを持つ方専用のトイレや駐車場を作るのではなく、みんなが使えるような広さを持てばいいということは、土地の大きさや建物の面積のような問題もあるが、参考になった。自分も様々な人の考えを取り入れ、最善のものを作っていきたい。
  26. 授業を受けて、自分は何不自由なく生活してきましたが、全員が全員生活を不自由なくというのはないことを知り今深く知ることなく生活してきたが。今この授業をしてさらに深く知ることを感じました。
  27. 参考動画を視聴して障害者の人たちはどのような視点で生活しているのか知る事が出来た。特に自閉症スペクトラム障害と視覚障害については自分でも想像ができない世界だったので本講義をきっかけに学ぶ事が出来て良かったと思う。これから求められる考え方はノーマライゼーションという考え方で、健常者と障害者がお互いに区別されることなく、社会生活を共にする考え方だ。車いす大学生の参考動画で見たように自分含め日本は障害者に対して過剰に対応しすぎる面がある。少子高齢化にともない体や精神に障害を持った人々が増えてくるので、バリアフリーやノーマライゼーションがもっと普及してほしいと切に思う。
  28. 発達障害や、精神障害は本当につらいものだと思いました。生まれた時からつらい思いをしていて家族も頑張って支えていているのに学校でいじめにあったり、会社で暴力を受けたりします。そういうニュースなどを聞くだけで非常に憤りを感じます。そんな中で私の母親は主に自閉症を患っている方のケアを仕事にしています。家に帰ってきても、自閉症の方たちが楽しめるようなゲームを考えたりして、この仕事が好きで、相手が笑顔になってくれるととてもうれしいと言っていました。そんな母親を尊敬しています。こういう人が一人でも増えてくれるといいと思います。映像で目が見えない人や、耳が聞こえない人が、まちや公共の場で不自由を感じいているので、不自由な人たちも暮らしやすい街づくりをしていきたいと思います。
  29. 自閉症スペクトラムを持っている人は人生においてかかるストレスが普通の人より多いと思うので、とても大変そうだなと思いました。また、厚生労働省の動画に出てた人も何度も入院を繰り返していて、毎晩泣く思いをしていたと聞いた時は、自分のしている生活・人生がとてもちっぽけに見えました。そのあとの映画の広告や大学生の車いす使用者、視覚障害や聴覚障害を持っている方々の動画すべての人に関係することなのですが、とても大変な人生を歩んでいるなと、思うばかりでした。
  30. 今回は障害を持つ人の話だった。自分は障害を持たずに生まれてきているが持っていることなんて全然想像つかないし、障害になったらとても不自由しそうだ。また想像より高い割合障害を持つ人がいることがわかった。
  31. 今回の講義では障害のある人々について学びました。人口の約6%の人が障害を持っているため、自由な暮らしを送れていないということが分かりました。このような人たちが、自由に生きられるような社会がこれから形成されていけばいいなと思いました。また、今回の講義で印象的だったのは、参考動画にも掲載されている自閉症スペクトラムという障害です。とても深刻な障害ということを知りました。私が知らない深刻な障害がたくさんあるということを知り、その人たちのために何かしたいと思いました。私は建築を勉強しているので、バリアフリーな建築を社会に出た際には設計したいです。
  32. 今の社会は障害を持った人を健常者が支えていかなければならないが障害のレベルに応じて、障碍者にも働く場や社会で活躍できる場を設けるのも障害者だからという理由で差別を受ける人々が減っていき差別社会の改善になると考えた。
  33. 今回の授業にて統合失調症や聴覚障害者、視覚障害者などあまり知らない情報を得る事ができて有意義に思える。社会的排除や社会的包摂の問題については、はっきり言って社会的統合が最適に感じる。私は杖をつかねばならない程度の軽い身体障害者だが、健常者と一緒にされては困るのだ。ただ「ああ障害者がいる」程度に感じてくれる事が一番良いのだ。確かに疎外感はあるが街で外国人を見た、そんな感情と同じで良い。一緒にすべきではないと切に思う。英語の動画はよく理解は出来なかったが、おそらく音が気になって気になってしまう症状に苦しんでいるのだろうか。14年間入院したという女性についても言える事だが、田舎は人間的におちつくのだと感じた。どうでもよい話だが障害者を「障がい者」と表記する事が気に触る。害を害として被っている事を健常者には理解して欲しいのに、害を無視されたような気になる。
  34. "私は学童でバイトしているので、障害を持つ子供とかかわることがある。基本的な集団行動の中ではある程度自制(一部)ができているが、スタッフが1対1で注意するときの集中力が全くなくて苦労することがある。なんとなくその気持ちはわかるものの、やはり通常の子供よりも対応が難しい。しかし、なぜ保護者はもっと専門の施設等に託児しないのかが疑問に思っている。そのほうが障害を持つ子供のためにもなると思う。"
  35. ASDは音や光,動作が過剰感じてしまうことがある.動画の中の世界はとても怖かった.症状を緩和する方法はあるのだろうか.調べてみたいと思った.
  36. 視覚障害の方の紹介動画の始めで家事やメイクなども単独で行うとあった.反響定位で障害物を認識できる感覚は理解できるが,商品によって付き具合や発色も異なるメイクまで自分でできるとは驚きである.自分がメイクするのが下手なので,どのように練習したのか非常に気になる.
  37. 統合失調症に関する動画のコメント欄で割と厳しい意見の方がいた.障害をもつ人たちが暮らしやすくなる制度や支援,施設が作られるのをあまり快く思わない人もいるのかもしれない.すべての人が暮らしやすいとはどんなことなんだろうかと考えさせられる.すべての人が生きやすい社会をつくるのは大変困難なことだと思った.
  38. 視覚障害のある人にとっての「空間」という動画で、目に障害がある人たちはまわりの反響音を耳で聴き取って、目の前に壁があること認識していることに驚きました。また、「社会的排除・社会的包摂と障害福祉の考え方」という項目で、障害者を排除・隔離している場所が少なからずあるかもしれません。この排除・隔離をなくし、なおかつ統合ではなく普通の人たちと障害をもつ人たちが良い具合に混ざり合う包摂な社会環境を築いていくことが大切だと思いました。
  39. 視覚障害者がある程度周りに物があるかを把握できていることに驚いた。また、電車を利用している所を映した動画では必ず他の乗客が数人気にかけている様子が見て取れたのがよかった。聴覚障害者については近年であればLINEなどのチャット形式で会話ができるツールが普及したこともあり、かなりやり取りはしやすくなったのではないかと思う。